フィリピンの教育事情から日本の教育を考える
フィリピンの街角ではどこでもちょっと面白いポスターを頻繁に見かける。【何某君、●●大学▲▲学部卒業&国家資格■■合格おめでとう 家族一同】という顔写真付きの1メートル四方くらいの大きなポスターを町のあちらこちらに貼りだして何某君の成功を一族で祝うのである。
資格は医師・弁護士・会計士・建築士・土木技師など多岐にわたる。面白いと思ったのは看護師である。看護師資格を得ると中東、北米、オーストラリアなど諸外国で好待遇を得られるのでフィリピンでは男女問わず人気職種である。ビガンの宿の長男は看護師であるが、女将は長男が看護師資格試験に合格したとき町中に50枚くらい広告を貼ったという。
大学を卒業して医師や会計士、建築家などの職業につけば豊かな人生が保証される。従って卒業・合格は本人及び家族にとって晴れがましく誇らしいイベントとなる。それを内輪で祝うだけでなく町内の人々にも麗々しく宣伝するのがフィリピン流儀だ。
大学でも正門や校舎の壁面などに国家資格合格者のリストが顔写真と一緒に貼りだされ、成績優秀上位合格者は大書されている。国公立大学以外に多数の私立大学が林立しているフィリピンでは優秀な学生を集めるため積極的に合格率や上位合格者数を宣伝している。
公立小学校で成績優秀者の表彰式って?
8月7日。スペイン建築の旧市街が世界遺産になっているビガン市内の休み中の小学校に人が集まっていた。聞いてみたら優秀な生徒の表彰式(Award Ceremony)なのだという。表彰される生徒が40人くらい父兄と一緒に椅子に座っていた。進行役の先生が名前と表彰事由を読み上げ、子供が進み出て校長先生からご褒美のメダルをもらう。
メダル授与が終わるとお偉いさん(PTA会長か町会長?)がスピーチ。それからアイスクリーム、コーラ、ジュース、簡単なスナックが並んだコーナーで好きなものをもらって歓談するという催しだ。
表彰されない子供や父兄は呼ばれない。結果平等・均一主義を是とする日本社会ではこんな表彰式を公立学校でやったら校長の首が飛ぶだろう。
レイテ島のオルモック市の公立小学校の女性教師によると、義務教育の公立小学校(幼稚園1年+小学校6年)&公立ハイスクール(中学4年+高校2年)では優秀生徒表彰は重要イベントである。科目ごとの上位成績者、総合成績優秀者だけでなく皆勤賞もある。
女先生によると、フィリピンでは富裕層は子女を教育水準の高い私立学校に通わせる。圧倒的多数のフツウの家庭の子供は公立学校に通う。子どもの数が多いので公立学校では先生・教室・教科書が不足。1学級50~60人がフィリピン標準。オルモックの公立小学校では生徒数に対して教科書が不足。授業中には2人で1冊の教科書を使うことが多いという。教科書は毎年使いまわすので生徒には貸与するだけらしい。
すし詰め教室で授業するため個別指導は不可能。子どもの教育レベルを向上させるには“自助努力して優秀な成績を収めた子供”を表彰して激励するしか方法がないという。表彰式は子供の自助努力を促すために必要不可欠という思想だ。逆に落ちこぼれの子どもは放置されるという厳しい教育環境。女先生はアメとしての表彰に対してムチとしての落第が小学校から適用されると語った。
公立小学校の校長先生はウルトラハードな激務
8月31日。ボラカイ島マノック・マノック小学校(幼稚園1学年+小学校6学年)を訪問して女性校長先生と懇談。生徒数は2000人以上。教室は39室しかない。担任の先生は生徒を50人以上受持つ。先生40数人+事務員+掃除係+ガードマンで合計60人のスタッフ。
政府は国家予算の25%近くを教育省に割り当てているが、校舎も先生も足りないと女性校長は嘆息。コロナが収まれば観光地のボラカイ島に観光客が戻ると同時に、ホテルやレストランなど観光産業でレイオフされていた従業員が一斉に戻ってくる。年末には生徒数が最低200人増加すると予想しているけど「どうなるか分からない」(I don’t know what will happen)と天井を仰いだ。
公立高校はどうなっているの?
9月1日。義務教育の後半を担うボラカイ島の公立高校(6年生)を訪問。校長先生は不在で副校長、英語教科主任が応対。生徒数1741人だが年末には数百人増えると予想。先生は60人在籍しており多少増えても対応可能。他方で教室は18しかないので、7年生から9年生までは午前の部、10年生から12年生は午後の部という2部制にしている。注)フィリピンでは2部制が珍しくない。パナイ島の中心都市イロイロ市では小学校も2部制だった。
中退が多いフィリピンの公立高校
米国は小学校から高校まで義務教育(6年+6年)であるが高校中退率は30%と先進国の中では断トツに高い。ちなみに日本は2%弱。フィリピンでは貧困地域では50%を超えるというが、ボラカイ高校では中退率は5%~9%という。ボラカイ島は平均所得がマニラ首都圏に次いで高いので貧困による中退はほとんどないという。
先生方によるとアロヨ大統領の時に制度化された通学奨励補助金が親に支給される。親の年収、資産、学齢期の子供の数などなどの基準で審査。審査基準が複雑なので情実が入りやすい。しばしば地方政治家や有力者のコネで審査が通るなどフィリピン的問題はあるものの制度は制度として機能している。
落第が珍しくないフィリピンの義務教育
フィリピンでは小学校から高校まで落第制度がある。いろいろな先生から聞いた話では、①数学・国語・英語・理科などの主要科目で75点未満の赤点が3科目以上、②授業日数の20%以上欠席、③授業態度(学習への意欲)の3つを点数化して落第を決定するようだ。地域ごとに追試などの救済措置があるようだ。小学校を卒業できず学歴が小学校中退となる子供も10~20%いるようだ。
ドゥテルテ前大統領は公立学校の学力向上を重点政策として掲げ、娘の現副大統領兼教育大臣のサラも継承している。現状のように過密状態の公立学校教育では学力向上のためには落第制度は不可欠であろう。
日本の小中学校では義務教育という建前から落第は聞いたことがない。そして高校は入試も実質全入で中退率は2%。フツウに通学していれば全員卒業できる。学力の判定基準を定めて関門を設けないと小学生レベルの分数や少数の計算ができない高校卒業資格者が増えるばかりではないだろうか。
子供の学力は親の年収に比例する? 私立小学校を覗いてみたら
8月31日。私立小学校の●●International Schoolを訪問。大衆食堂の女将曰く「●●はお金持ちの子供が通う特別な学校だよ。なんたって授業料が年間14万ペソもかかるからね。ボラカイ島で一番大きいホテルのオーナーの息子も通っているよ」。ちなみに2021年のフィリピンの平均年収は国際労働機関によると23万ペソ(=57万円)だ。
副校長によると在校生は120人。先生は25人。原則一クラス5人。生徒はフィリピン人が大半だが韓国、日本、台湾など外国籍の子供もいる。外国籍の子供たちの親は観光関係の仕事をしているという。休憩時間に子供たちが先生方と一緒に校庭で遊んでいたが、その中に数人の欧米系白人の先生がいた。
9月5日。ボラカイ島のもうひとつの私立小学校である▲▲International School訪問。大衆食堂の女将曰く「授業料は●●よりかなり安い。近くの高級ホテルのボーイ長の息子が通っているよ」
校長によると生徒数は220人。先生は19人で全員フィリピーノ。一クラス10人前後。生徒の95%はフィリピン人またはフィリピンとのハーフ。残り5%がボラカイに住んでいる韓国人、中国人、米国人の子女。フィリピンでは公立と私立で雲泥の教育格差がある。
以上 次回につづく