対内直接投資増加は政治の悲願
以上の①や②は今次円安局面で繰り返し議論が尽くされている。しかし、①のように国内企業の投資を期待せずともに、外資系企業の投資(対内直接投資)を期待するという③の経路もある。むしろ、先細る国内需要を念頭に置く国内企業ではなく、国際的に認知度が高く競争力のある外資系企業が国内投資を進めてくれる方が国内の生産・所得・消費の好循環を持続的に支える期待がある。
REERで見て「半世紀ぶりの円安」は、インバウンドの消費活動がお買い得になっていることばかりが注目されるが、当然、外資系企業にとって対日投資のコストが著しく切り下がっていることも意味する。この論点については21年11月、台湾の半導体大手企業(TSMC)が熊本に新工場を建設するという動きが近年では注目された。
その経済効果に関し、一説には熊本県の名目国内総生産(GDP、約6.4兆円)に対し、22年からの10年間で約4.3兆円とも言われる。新規雇用は約1700人、後述する通り、賃金水準も非常に高いことで知られる。
しかし、日本は歴史的に対内直接投資が極端に小さいことで悪名高い。03年1月、当時の小泉純一郎政権は「01 年末の対日直接投資残高から5 年間で倍増する」という政府目標を掲げ、03年5月には「Invest Japan」のスローガンの下、日本貿易振興機構(JETRO)に「対日投資・ビジネスサポートセンター」が設立されている。これによって対日投資に係るあらゆる情報がワンストップで入手可能になり、外国企業が煩雑さから解放されるという狙いがあった。
筆者は04年4月にJETROへ新卒入社し、その時の名刺に「Invest Japan」が入っていたことをよく覚えている。ちなみに、「01 年末の対日直接投資残高から5 年間で倍増する」という目標に関しては01年末が6.9兆円、そこから5年後の06年末が13.4兆円なので達成されている。
以上に限らず、対日直接投資残高を何とか引き上げていきたいという政策努力は細かいものを挙げればもっとある。歴史的な経緯を踏まえれば、政治の悲願とも言えよう。
対内直接投資のメリットは明らか
なお、現在に目をやっても21年6月、菅義偉政権が対日直接投資推進会議において、残高目標を30年に対20年比で2倍の80兆円を目指す方針を示しており、その重要性は認識されている。足許では対日直接投資推進会議の下に設置されたワーキング・グループが具体的な政策パッケージを検討しているとされ、進出した外資系企業にマッチするグローバル人材を育成する方法や、海外資本と日本のスタートアップ企業が連携を深めるための施策などが検討中だと伝えられている。このような取り組みが第二、第三のTSMCを引きつけることに繋がるのかが期待される。
また、12月12日には、米アップル社がティム・クック最高経営責任者(CEO)の訪日に合わせて18年以降の約5年間で、日本のサプライチェーン(供給網)に1000億ドル以上を支出したと発表し、iPhone向けのアプリ配信サービスなどを通じて日本で合計100万人以上の雇用を支えているとの言及もあった。類似の例が続くことを政府としては期待するばかりだろう。
外資系企業の行動規範は日本企業のそれとは異なる。もちろん、国内にはない優れた人材、技術の波及は期待されるところだが、例えば賃金設定からして前向きな効果が期待される。
TSMCの大卒初任給は28万円と著しく高い(が、国際的には高くない)ことで知られる。高給を払う外資系企業に国内企業が対抗する手段は「それよりも高く払う」が基本である。上がらない名目賃金があらゆる問題の元凶と言われる日本において、やはり対内直接投資の増加は有効策になるだろう。当然、TSMCやアップルのような企業が生産拠点を多く構えれば輸出も増え貿易収支も改善する。