2023年1月30日(月)

プーチンのロシア

2023年1月4日

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服部倫卓 (はっとり・みちたか)

北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター教授

1964年静岡県生まれ。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程(歴史地域文化学専攻・スラブ社会文化論)修了(学術博士)。在ベラルーシ共和国日本国大使館専門調査員などを経て、2020年4月に一般社団法人ロシアNIS貿易会・ロシアNIS経済研究所所長。2022年10月から現職。

 今日のロシアで戦車を生産できるのは一箇所だけで、スヴェルドロフスク州にある「ウラル鉄道車両工場」のみである。2月にウクライナ侵攻を開始した直後、ロシア政府は同社に400台の戦車を発注したという。その後、ロシア軍の損耗が激しかったことから、納期の短縮が言い渡された。

 ところが、ウラル鉄道車両工場の非力ゆえ、戦車の新規生産は年間250台が精一杯だという(これ以外にも旧モデルの改良や修理も行っている)。生産工程の多くが手作業に頼っている上に、熟練工も不足している。他方、ロシアの鉄鋼業は低付加価値の商品を輸出用に大量生産することに特化しており、戦闘車両や火砲の生産に必要な高品質の鋼材を供給できないという問題もある。

 ロシアには2015年にお披露目された「アルマータ」という新型戦車が存在するが、それなりの国費が投じられたにもかかわらず、アルマータの新生産ラインは完成していない。ウラル鉄道車両工場は依然として、1970年代に登場したT-72の生産に注力している。アルマータもその旧ラインで無理をして少量を生産している状態で、いまだに量産にはこぎ着けていない。

 ロシア軍が10月に、1960年代に遡る旧式戦車T-62をウクライナ戦線に投入したことは、驚きを持って受け止められた。それもこれも、新型戦車を戦場に送り込めない苦しさによるものだ。T-62は大量にストックされている上に、一部には「単純なT-62の方が新規動員兵には扱いやすい」とうそぶく声もあるという(以上、軍需産業については主に、2022年11月2日付でノーヴァヤガゼータ・ヨーロッパに掲載されたG.アレクサンドロフの論考を参考にまとめた)。

今のロシアは「供給ショック」

 以上、自動車販売と軍需産業という2つの事例を通じて、現在ロシアが直面し、23年にさらに深まるであろう残酷物語を見てきた。

 2つの事例には、共通点がある。今のロシアには、需要はあるのに、供給がないのである。欧米日に輸出を止められ、自分では生産できない苦しさ。頼れるものは中国くらいだが、その中国も品質面などで多くを望めない。

 さらに言えば、制裁の打撃もさることながら、ロシアの生産部門がもともと抱えていた弱点が、制裁によって露呈したという捉え方の方が正しいだろう。ソ連崩壊から三十余年で、ロシアはすっかり、石油・ガスを中心とした資源を売り、必要なものは外国から買えばいいという国になってしまった。

 むろん、プーチン政権も手をこまねいていたわけではなく、資源依存体質からの脱却を図ろうとしたし、特に14年の前回のウクライナ危機以降は、輸入代替の大号令をかけた。しかし、国産化の成果が挙がったのはトマトや乳製品・畜産品程度であり、高度な分野ほど外国への依存度が高い状態のまま、今般の危機を迎えたのである。

 
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