中国の軍事情報収集用の気球を米空軍が撃墜した事案を契機に、同様の事案に日本はどう対応するのか、対応できるのかという関心が高まった。技術的、法的な観点からの議論も重要ではあるが、本事案は国の安全保障を全うする為に何を為すべきかという問いへ常に真摯に向き合う重要性を示唆している。
今回の政府対応は迅速かつ柔軟であり、領空の排他的主権を守る毅然とした態度を示した点から高く評価されるが、引き続き残された課題に取りくんでいくことが期待される。
米国は何故、気球を撃墜できたのか?
2023年2月4日、米空軍F-22戦闘機が中国の軍事情報収集用と見られる気球をサウスカロライナ州の東洋上で撃墜した。「気象観測用の気球が誤って針路を外れたもの」と中国政府が主張する当該気球は、約20キロメートルという成層圏に近い高高度を飛行し、アラスカ、カナダ上空を経由して北米大陸を北西から南東に横断した。
2月1日にはバイデン大統領から撃墜命令を受けていたものの、撃墜による地上被害を回避するため、洋上に出るまで目視による情報収集や監視を継続していたのである。米軍の高高度有人偵察機U-2の操縦席から問題の気球を下に見下ろす自撮り写真が公開され、撃墜当時の戦闘機同士の交信記録も公開された。米空軍の威信を掛けた任務を緊密な連携とチームワークで成功させた様子が伺える。
他方で、同種事案が過去にも数件あったことを米軍高官が認めており、何故、今回は撃墜という措置に至ったのかを疑問視する声もある。下院多数派の共和党から弱腰対応への批判を避けることや一般教書演説を2月8日に控えていたといった米国の国内政治情勢への配慮を指摘する有識者もいる。
勿論、それらも判断材料の一つであっただろうが、最も優先されたのは中国に対する戦略的なメッセージであったと考えられる。法の支配に基づく国際秩序に挑戦する中国に対して、国際法上の排他的な主権を侵害する行為は断じて許容できないという強いメッセージを出す必要があると判断されたのである。