2024年4月20日(土)

デジタル時代の経営・安全保障学

2023年3月10日

現実に即した迫害とプロパガンダの姿

 この小説には、中国共産党統一戦線工作部の名前こそ登場しないが、日本で暗躍する中国共産党配下の組織とは統一戦線工作部のことを指している。統一戦線工作部(UFWD:United Front Work Department)とは、毛沢東が持久戦としての抗日戦争を掲げ、国内外の産業界や市民生活における中国共産党の影響力を高める政府系非政府組織(GONGO:Government-Organized non-governmental organization)組織である。

 毛沢東は、統一戦線を内外の敵から党を守る「中国共産党の魔法の武器」であるとした。習近平国家主席が2012年に中国共産党中央委員会総書記になってからUFWDの活動を活発化させているのは「日本企業や大学、町中華にまで広がる中国の情報窃取」で指摘した通りである。

 この小説でも、治外法権の壁に囲まれた中国大使館が、悪の巣窟の一つとして描かれ、孔子学院が「中国文化の紹介を装いながら、共産党の力を浸透させることを狙った宣伝機関」と紹介されている。孔子学院は北米や豪州、ヨーロッパで、中国のプロパガンダ組織であるとして続々と閉鎖が命じられているのに対し、日本では立命館大学や札幌大学、早稲田大学など現在も13校が開設されている。

 中国共産党の支配を脅かすと信じられている「ウイグル人」「チベット人」「台湾独立支持者」「民主主義活動家」「法輪功精神集団」の「5つの毒」を排除するためにUFWDは迫害を加え、プロパガンダを繰り返してきた。本作品の中でも日本で暮らすウイグル人やチベット人を中国秘密警察が拉致する様子が描かれているが、この中国秘密警察もUFWDの配下組織である。

 秘密警察の存在は、先頃、スペインの人権監視団体セーフガード・ディフェンダーズが公表した昨年9月に公表した報告書「110 OVERSEAS Chinese Transnational Policing Gone Wild 」で話題になった。欧米など53カ国、102カ所の海外拠点(海外警察署)を擁し、華僑や中国人留学生、中国人ビジネスマンなどの中国国外にいる中国人ディアスポラ(離散した民族の意)を監視し、中国の反体制派を、家族を脅迫するなどして中国に強制的に送還している。米連邦捜査局(FBI)とカナダ安全保障情報局によると2020年から2021年にかけて、およそ680人が中国に送還されたとされている。

指をくわえて見逃す日本の未来像

 中国共産党のプロパガンダや浸透工作、諜報活動は、100年、200年の単位で計画され実行されることから、自分たちの国が中国共産党に侵食されていることを自覚している政治家は少ない。

 本書にも登場する中国資本による土地の買い占めは、都市部の物件のみならず、農地や魚港、果ては離島にまでその食指は伸びている。また、外国資本による太陽光や風力発電施設の建設が認められるなど、政治家は、恣意的無策や、中国寄りと非難されても仕方がない政策を繰り返している。

 この小説は、わが国の防衛意識の低さが招いた不備を、中国共産党が巧妙に突き、次から次に罠に嵌っていく日本人の脆弱な姿に気づかせてくれる。孫氏の兵法の極意である「戦わずして勝つ」を端的に表した中国共産党の恐ろしさや狡猾さを疑似体験させてくれる良書である。


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