こうした一方的な認識が米国の反応に対する過小評価を招いてしまった。こちらの認識は先方も共有しているはずだという思い込みである。陸軍中央の大勢は南部仏印進駐に際して米国が大規模な対日制裁を実行するとは考えなかった。少なくとも可能性は低いと判断していた。そのため制裁について深刻に討議された形跡はない。進駐決行直前には米国の経済制裁を示唆する情報が外交ルートを通じてもたらされたが、天皇が裁可し数万人の兵力が動き出した進駐計画を直前で中止することは事実上不可能であった。
迂闊な思い込みであったと言わざるをえないが、相手国の行動や意図を予測する際に自国のそれを投影してしまう現象(ミラー・イメージ)は現代外交でもしばしば見られる。
そして日本側の思惑が外れ、米国が対日石油輸出全面禁止で応じてきた時、今度は『対南方施策要綱』の強硬的側面が顔を出すことになる。耐え難い制裁を科された場合には開戦するという方針である。
歴史は何を教えるか
対米開戦に至る過程で日本は多くの過誤を犯した。そもそもの発端は中国の抵抗意志と能力の過小評価であった。そして当初の期待が裏切られると、日本は戦争目的を現実との辻褄合わせのためにこね繰り回すという本末転倒な行動に出てしまう。そして確たる信念もないままに案出された戦争目的は、今度は現実政治における日本の行動を拘束してしまう。最後は米国の意志も読み間違えた結果、望みもしなかった対米戦争へと滑落してしまうのである。
ところで、対米戦回避を目指して真珠湾攻撃直前まで折衝された日米交渉に於いて、最大の障害となったのは撤兵問題であった。米国は中国大陸からの無条件撤兵を要求した。これに対して、陸軍は無条件撤兵は日中戦争の犠牲を無駄にする行為であるとし、絶対反対の態度を貫いた。換言すれば、その他の問題では妥協の余地があったということである。
この陸軍の態度について二つの事実を指摘しておきたい。一つは、土壇場で対米戦争の引き金を引くことになるのは、「大東亜新秩序」建設という崇高な戦争目的ではなかったという事実である。では対米関係をここまで悪化させることになった「大東亜新秩序」建設とは一体何だったというのか。なぜそんなものに日本は拘ってきたのか。当事者に聞いても返答に詰まるに違いない。
もう一つは、確たる目的もなしに拡大された日中戦争の犠牲を無駄にしないことが、対米戦争決断の間接的理由となったという事実である。「犠牲を無駄にしない」と言えば聞こえは良いが、要するに過去の行動の正当化と辻褄合わせであろう。どのような崇高な戦争目的を掲げようと、日本は最後まで日中戦争の呪縛から逃れられなかった。また「犠牲を無駄にしない」ことも広義の戦争目的だと解釈するならば、日本は最後まで空虚な戦争目的に振り回されたともいえよう。
しかし米国側にも過誤がなかったわけではない。米国の過誤で最大のものは、経済制裁によって日本の中国侵略と南進を阻止しようとした政策の失敗である。この点に関して歴史学者の佐藤元英氏は「日本の行動に対する米国の誤った抑止政策が、緊張激化、そして、戦争へのエスカレーション(段階的拡大)効果を引き起こした」と鋭く指摘している。日本が中国や米国の意図や決意を読み間違えたように、米国も日本の意図や決意を読み間違えた。結果、米国は10万人を超える米兵の命によって政治判断の過ちを贖うことになるのである。
もちろん「ではどうすべきだったのか」という疑問も生まれよう。歴史に再現性がない以上、何が間違いで何が正解だったのかという検証は厳密には不可能である。再現性のない問いに拘泥することは科学的ではないという批判もあろう。やはり歴史の「if」は「未練学派(歴史学の大家E・H・カーが批判する、歴史に対する「もしかしたら防げたかもしれない」という考え方)」の愚痴に過ぎないのだろうか。
それでもなお、「歴史」はわれわれが政治行動を選択するにあたって唯一参照可能なデータである。好むと好まざるとにかかわらず、自覚的か無自覚かにかかわらず、われわれは歴史を参照してきたし、これからもし続けるだろう。そして無数の成功例、失敗例を歴史のデータベースに蓄積していくことになるだろう。蓄積されたデータをいかに解釈するかはそれを参照する者の責任である。適切に使いこなせればわれわれの命を守る強力な武器となろう。だが、誤ればわれわれ自身を傷つけるだろう。
臼井勝美『新版 日中戦争』(中央公論新社)
外務省編『日本外交年表竝主要文書』(原書房)
佐藤元英『経済制裁と戦争決断』(日本経済評論社)
田中新一『田中作戦部長の証言』(芙蓉書房)
日本国際政治学会編『太平洋戦争への道』4巻~6巻(朝日新聞社)
秦郁彦『盧溝橋事件の研究』(東京大学出版会)
波多野澄雄他『決定版 日中戦争』(新潮社)
防衛庁防衛研究所『戦史叢書 大本営陸軍部〈2〉』(朝雲新聞社)
E・H・カー『歴史とは何か』(岩波書店)
80年前の1941年、日本は太平洋戦争へと突入した。当時の軍部の意思決定、情報や兵站を軽視する姿勢、メディアが果たした役割を紐解くと、令和の日本と二重写しになる。国家の〝漂流〟が続く今だからこそ昭和史から学び、日本の明日を拓くときだ。
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