2023年12月8日(金)

日本人なら知っておきたい近現代史の焦点

2023年4月13日

»著者プロフィール
著者
閉じる

髙杉洋平 (たかすぎ・ようへい)

帝京大学文学部史学科専任講師

國學院大學大学院法学研究科博士課程修了。博士(法学)。海上自衛隊生徒、宮内庁書陵部編修課非常勤職員、日本銀行金融研究所個別事務委嘱などを経て、2019年より現職。著書に『昭和陸軍と政治』(吉川弘文館)など。

自己正当化のために改変される戦争目的

 戦争の泥沼化は戦争目的を再び変化させることになる。1938年11月3日、近衛内閣は新たな声明を発し、日中戦争の目的は「東亜新秩序」建設にあり、これを「帝国不動の方針」と宣言した。そして従来は「対手とせず」としてきた国民政府も、指導者を刷新して「東亜新秩序」建設に協力するのであれば、敢えてこれを排除するものではないとした。いわゆる『東亜新秩序声明』である。

 この声明の意図は、第一には『対手とせず声明』を乗り越え国民政府相手の和平に道筋を付けることにあった。そのためには方針転換を国内外に対して正当化し、国民政府を包容しうる建設的戦争目的の設定が求められたのである。

 第二には、アジア主義的イデオロギーによる戦争の正当化と自己弁護である。なぜ隣国と戦わなければならないのか、なぜ中国は日本の「善意」を理解しないのか、なぜ弱い中国軍に勝てないのか。それは日本が侵略的意図を持っているからでも、日本の「善意」が間違っているからでも、日本軍が弱いからでもない。国民政府が欧米列強の帝国主義イデオロギーにそそのかされ、その援助の下で誤った道を歩んでいるからだ。これは中国人との戦争ではなく、西洋植民地主義との代理戦争なのだ、と。

 牽強付会な理屈であることは否定できない。しかし目前の問題解決に行き詰ったとき、その問題の裏に別の「陰謀」を発見して自己正当化と弁明を試みることは、古今東西を問わず珍しいことではないだろう。

 しかしこうした認識と態度は必然的に欧米との関係をますます悪化させた。すでに欧米列強は「援蔣ルート」などを通じて国民政府への物資援助を行っていたが、米国政府は対日経済制裁を真剣に議論するようになる。翌1939年に入ると米国は民間業者に対して対日輸出の自粛を呼びかける「道徳的禁輸」を実施した。7月26日には日米通商航海条約の廃棄を通告し(翌年1月26日失効)、直接的な対日経済制裁が可能となった。日本は戦争遂行に必要な物資と工業機械の大半を米国に依存しており、経済制裁は深刻な脅威となっていく。

「戦争のための新秩序」から「新秩序のための戦争」へ

 日本が欧米との対決姿勢を強めるなか、欧州ではナチス・ドイツがポーランドに侵攻し欧州大戦が開幕した(1939年9月1日)。翌1940年5月にはフランス北部のダンケルクから英国軍が撤退、6月にはフランス(ペタン)政府が降伏した。泥沼の長期戦に苦しむ日本を尻目に、ドイツはたちまちにして欧州大陸の大半を手中に収めたのである。

 ドイツの成功は日本陸軍を幻惑し、その戦略構想に大きな影響を与えた。ドイツの快進撃に便乗した日中戦争の解決である。ドイツとの提携は対日制裁を強化する米国と、日本の背後を脅かすソ連を強力に牽制するだろう。本国政府が降伏した仏領インドシナとオランダ領東インド、降服間近と思われる英国領ビルマ、マレー、ブルネイを押さえれば、重要物資の自給が可能となり、経済制裁を無効化できるだろう。援蔣ルートの遮断も可能となるだろう。

 こうして陸軍中央では日独提携の強化と南方進出が議論の俎上に急浮上した。時期的に数カ月後になるが、参謀本部作戦課長土居明夫の発言はこの当時の陸軍軍人の認識を端的に伝えている。「支那事変の解決は、今や欧州情勢に関連して、独伊とともに新秩序をつくり、その一環として処理せねばならぬ。すみやかに南方問題を解決するを要する」。


新着記事

»もっと見る