診療ガイドラインの役割
このように多くの薬剤が関係する喘息の治療では、それぞれの薬剤の有益性と害について臨床研究のエビデンスを公平に評価して、実際のケアの現場でどの治療オプションを優先するかの、医療者と患者・家族の意思決定を支援する診療ガイドラインがあると便利である。個々の医療者が、治療オプションに関連する膨大な臨床研究のエビデンスを一から全て(さらに、新しい研究が発表されるたびに継続して)吟味する時間的余裕が実際には期待できないからである。
長年にわたり高い評価を得ている喘息に関する国際機関が、昨年、診療ガイドラインの改訂版を発表した。そこでは、「SMART(single maintenance and reliever therapy)」というニックネームで呼ばれる療法、つまり、副腎皮質ステロイド薬と長時間作用型β₂刺激薬の両者を含んだ配合剤1つで(single)、長期管理にも(maintenance)、発作時にも(reliever)対処する方法についての推奨が拡大されたのだ。
重症度が一番軽い「ステップ1」では、症状のある時に、短時間作用型β₂刺激薬(吸入)を必要に応じて用いる(「頓用(とんよう)」と呼ぶ)ことが他の診療ガイドラインで推奨されているが、今回の改訂版ではこの段階でも、副腎皮質ステロイド薬と長時間作用型β₂刺激薬の配合剤(吸入)の頓用を推奨している。
T.M.さんは、「ステップ3」→「ステップ2」と改善してきて、それぞれに対応して、副腎皮質ステロイド薬と長時間作用型β₂刺激薬の配合剤(吸入)の毎日使用から、副腎皮質ステロイド薬と短時間作用型β₂刺激薬の配合剤(吸入)の頓用へと減っていた。今度の「ステップ1」でいよいよ副腎皮質ステロイド薬とさよならできると期待していただけに、この推奨はそれに水を差した形だ。
信頼の担保が難しい状態に
ところが、最近出版された米国家庭医学会雑誌『アメリカン・ファミリー・フィジシャン』に、この国際機関の診療ガイドラインは製薬会社によって影響を受けているのではないか、という論評が掲載された。この国際機関の理事会と学術委員会のメンバー17人のうち、それぞれの責任者を含めた12人が特定の製薬会社から個人的な資金供与を受けるという利益相反があったという。
その他、「SMART」療法を評価した多くのランダム化比較試験が、その製薬会社から研究資金を得ていたり、発表された論文の共著者がその製薬会社の社員だったり、会社から資金援助得た共著者がいたりしたそうだ。
製薬会社側からの弁明を聞かなければ公平に判断はできないとはいえ、これが事実とすれば、診療ガイドラインがその推奨の根拠とした科学的エビデンスへの、そして診療ガイドラインそのものへの信頼を大きく揺るがせる大問題だと言わざるを得ない。
こうした事情をT.M.さんに説明して、彼の「ステップ1」のケアに副腎皮質ステロイド薬を加えるかは、もう少し待ってみようということになった。
「私らは、広告を武器に、しばしば実体以上の価値を加えるのが商売です。でも、医学ってそれとは方向性が違うじゃないですか。人の命にも関わることなんだから、本当の価値を知らせてもらって判断したいですよね」
T.M.さんの言葉に、私は大きく頷いた。