私の専門は鋼橋だが、その誕生から臨終までの全てを理解しておかなければ、橋の維持管理を理解することは難しい。構造物の経年劣化は人間の成人病と同じである。成人病は、育ち方や仕事、既往症など、全ての「蓄積の結果」として生じるものである。適切な維持管理には橋についての総合的かつ高度な技術力が必要である。
新たな定期点検要領では、構造物の健全度を「Ⅰ:健全」、「Ⅱ:予防保全段階」、「Ⅲ:早期措置段階」、「Ⅳ:緊急措置段階」の4段階で評価するが、予防保全の目指すところは「Ⅳ」の段階に達する前に補修や補強を行うことである。
これが実現できれば、構造物の安全性・信頼性は高まるし、維持にかかる費用は大幅に縮減できる。
定期点検が始まって10年、見えてきた課題は点検結果のバラつきである。例えば、補修や補強の対象となる「Ⅲ」と「Ⅳ」の数の割合は、全ての橋で見ると10%程度であるが、自治体単位でみると2%から20%台とばらつく。これは点検者の技術レベルによると考えるべきである。点検に対する診断が適切にできていない恐れがあるのだ。
私にはかつて、こんな経験がある。
ある国道の鋼製橋脚に亀裂が発見された。それは疲労亀裂と判断され、大規模な補修工事が発注されていた。しかし、報告書の写真から疲労亀裂ではないと判断し、現場に行って点検すると、溶接部の熱影響部の表面に発生する溶接割れであった。つまり〝誤診〟である。結局、表面をグラインダーで削除するだけの簡単な補修で済んだ。これにより、大きく費用を削減できたことは確かである。検査と診断の重要性は人間の医療と同じである。
技術によりドラスティックに費用を圧縮できる。維持管理はそれが強く表れる。限られた財源の中、有効な維持管理を行うためには、技術力向上と専門家の育成が欠かせない。日本ではたまたま重大な事故が起きていないが、それはギリギリで防止しているのであり、確実に危機は迫っている。
先端技術活用の可能性
─今後、建設業が変わらなければならないこととは。
三木 大切なことは「考え方」を変えるということだ。残念ながら、建設業には「先端技術を積極的に取り込む姿勢」が低い。売上高に対する研究・技術開発の割合が、全業種に比べて1桁低いことからもうかがえる。すなわち、魅力的な業界には見えなくなっている。魅力がない分野には優秀な人材は集まらず、誰も残らないだろう。
メンテナンスこそ高度な技術が必要であり、先端技術と結びつくことにより、もっともっと面白くなる。特に、診断の技術が欠けている。ICTの活用によって、精度は高まるし、人は減らせるし、労働時間も減らせるし、結果として費用も減らせるだろう。
ICT分野からは、インフラのメンテナンスは巨大なマーケットと見えているようだ。ここで、建設業界自身が最新テクノロジーを取り入れて展開しなければ、そのマーケットはICT業界のものになってしまう。ICTの活用は外注すれば済むような話ではないことに注意すべきである。