国民公会のもとでアカデミーを廃止し、美術教育や美術館の整備に力を振るい、貴族や教会のコレクションや略奪した「珍品陳列室」のような展示を改めて、国家や流派、時代といった歴史と時間の文脈に沿った現在のルーヴルの展示の基礎を作った一人がダヴィッドである。
ガムランの〝その後〟
ところで、『神々は渇く』の主人公として冒頭に登場したダヴィッドの弟子の若い画家、エヴァリット・ガムランはそれからどんな道をたどったのか。
「国民公会は暦を改革し、特殊な諸学校を創設し、絵画や彫刻のコンクールを布告し、芸術家たちを奨励するための各種の賞を設定し、年ごとの美術展覧会を組織し、博物館を開き、そしてアテナイやローマの例にならって、公の祭典や葬儀に崇高な性格を機材見つけていた」と『神々は渇く』は記している。
「自由」や「平等」や「博愛」を絵柄にした〈革命トランプ〉を売り出そうと考えていたガムランは、指導者とロベスピエールとマラーに心酔して革命裁判所の陪審員となり、反革命の被告人を次々と処刑台に送る立場になっていった。それが、テルミドールの反動で一転する。
1794年7月27日、山岳党が独裁していた革命政府の指導者、ロベスピエールの一派がクーデターで倒されて〈恐怖政治〉が終わった。「テルミドールの反動」のもとで、国民公会は公権を剥奪した革命派の市民たちを次々と告発していった。かつて断罪する立場にあったガムランは、いまや断罪される側に置かれたのである。
〈何たることだろう!昔日の国家、化け物のような王政国家は、毎年40万人を投獄し、1万5千人を絞刑に処し3千人を車責の刑に処して、その支配を確保していたのに、共和国はその安全と権力のためにわずか数百人の人間を犠牲に供することすらいまだ躊躇しているとは!血の中に身を投じよう、そして祖国を救おう‥‥〉
「僕は君を僕のおぞましい運命に結び付けた。君に人生を永久に傷つけてしまった」と別れを告げるガムランに対し、恋人のエロディは泣き崩れた。
国民公会の委員から公権剥奪を言い渡されて死刑を宣告されたガムランは、断頭台へ向かう馬車に乗せられる。
「吸血鬼!」という民衆の悪罵を浴びながら、ガムランたちを乗せた二輪荷馬車がポン・ヌフの公開処刑場へ向かう道すがら、見覚えのある中二階の窓辺から一輪の深紅のカーネーションが投げ込まれた。
画廊「恋の画家」の青い鎧戸の隙間から、恋人のエロディが窓の下を通りすぎ馬車の上のガムランに向けた別れの花であった。