2024年4月12日(金)

絵画のヒストリア

2023年9月3日

 アナトール・フランスの小説『神々は渇く』(岩波文庫)の主人公、エヴァリスト・ガムランは、フランス革命の記録画で知られたジャック=ルイ・ダヴィッドの弟子で、絵を描くかたわら王党派と戦うパリのポン・ヌフ地区の能動市民、シトワイヤン・アクティフである。

 アンリ4世時代の古いアパートに寡暮らしの母と住み、アトリエで売れない絵を描いている。革命は絵画の市場も洗い流した。

 大口の蒐集家や領主や金持ちの一部は国外へ亡命し、あるいは地方へ逃れた。生活の糧にガムランがいま考えているのは、新時代の〈愛国的〉なトランプの制作である。

 キングやクイーン、ジャックといった王政時代の意匠に替えて、「天才」や「自由」や「平等」を図案化したトランプを作ってはどうか。版画商の一人娘の恋人、エロディは、そんな彼の計画になんというだろう。

 革命の熱狂は5年の歳月を経て、混迷を深めている。パリの街角の食料品店の店先はパンもチーズも鶏肉も乏しくなり、人々は長い行列を作って手に入れようと競っている。それでもガムランは国民公会の指導者のロベスピエールやマラーに対して深い信頼を寄せて、〈革命〉への情熱をかきたててきたのである。そのマラーが或る日、対立するジロンド派の女性テロリストの手で殺害された。

 《マラーは感じやすい、人間的な、恵み深い人だったのに、もはやいないとは!決してあやまりを犯したことがなく、すべてを見抜き、すべてをあばく勇気があったあの人がもはやいないとは!あの人はもはやわれわれを導いてはくれないのだ!》(『神々は渇く』大塚幸男訳)

 急進派のジャコバン派指導者、ジャン=ポール・マラーが殺されたのは1793年7月13日である。その年の初め、国王ルイ16世がギロチンで処刑された。王妃マリー・アントワネットも断頭台の露と消えた。

 ダヴィッドは革命期の議会にあたる国民公会の議長を務めており、美術アカデミーを廃止するなど、密接に共和派の政治とかかわった。バスティーユ襲撃事件にも関与し、国民公会では国王ルイ16世の処刑に賛成の投票をしている。

 「革命の記録画家」として、社会の容認を得たダヴィッドは平民階級による憲法制定を決めた《ジュ・ド・ボーム(球戯場)の誓い》など、革命で次々起きた歴史の重要な局面を描いてきた。

激動の一断面を描いた『マラーの死』

 ジャコバン党の指導者で、急進的な新聞「人民の友」発行者のマラーはその日、自宅で入浴中にノルマンディー地方から訪ねてきた対立するジロンド派の少女シャルロットに、隠し持った刃物で切り付けられて浴槽の中で死亡した。不用意ではあったが、革命派の大きなダメージであった。

 国民公会はすぐさま、浴槽でこときれた裸体のマラーの姿を描くよう、ダヴィッドに依頼した。前夜、たまたま画家はマラーと会っており、その浴室でくつろぐ姿を知っていたからでもある。

 ダヴィッドはただちにその現場を画布に再現した。今日、フランス革命の激動の一断面を描いた名作といわれる、《マラーの死》がそれである。

ダヴィッド「マラーの暗殺」(1793年、カンバス・油彩,ブリュッセル 王立美術館蔵)(ALBUM/アフロ)

 画面のマラーは浴槽から裸体の上半身をせりだし、片手に暗殺者が持ってきたと思われる手紙を手にしている。胸元から滴る血と曲げられた右手が像主の死を表しているが、その表情は穏やかで苦痛や憤怒の影はない。

 ここには「英雄の死」という歴史のイディオム(語法)が、古典的な様式美のなかに図像化されている。 


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