2024年5月20日(月)

モノ語り。

2023年10月22日

 地方に出張や旅行で出かけたとき、楽しみにしていることがあります。道の駅などでその土地の野菜を買って持ち帰り、ぬか床に寝かせることです。ぬか漬けに使っている容器が、創業89年を迎える野田琺瑯(東京都江東区)の「ぬか漬け美人」という琺瑯容器です。金属の表面にガラス質の釉薬を焼き付けた琺瑯はエジプトのツタンカーメンのマスクに使用された技術でもあります。

「ぬか漬け美人」。冷蔵庫にも無理なく収まる大きさとなっている。水分が多く出た場合、水取器(右頁写真手前)をぬかに入れる(写真・鈴木優太)

 「ぬか漬け美人」はコンパクトで冷蔵庫の棚に無理なく入ります。これを考案したのが野田善子さん(80歳)です。会長である浩一さんと結婚して以来54年、今も従業員として働いています。私は善子さんのファンです。『野田琺瑯のレシピ』(文藝春秋)という本を出されていて、発売以来9刷もしているベストセラーで、事あるごとに読んでいます。

 善子さんは「ぬか漬け美人」を考案したきっかけについてこう話します。

 「発売したのは2001年です。それまでは1976年に発売した『漬けものファミリー』というヒット商品があったのですが、だんだん売れなくなっていました。お漬物屋さんに行って聞いてみても『ぬか漬けは人気ですよ』というのに、どうしてだろうと考えていると、戸建てからマンションが増えてきて、気密性が高く、ぬか床を置いておく涼しい場所がなくなっているからではないかと思い至りました。

 家の中で1年中安定した低温保存がかなう場所は冷蔵庫しかないのではと。そこで街の電気屋さんに行き、たくさんのメーカーの冷蔵庫の棚の高さを測り、12センチメートルであればどこのメーカーの棚にも入ることが分かりました。実際に使ってみると、冷蔵庫に入れることで過剰発酵を防ぐので、1週間程度はかき回さなくても大丈夫なことも分かりました」(以下、同)

 自分が使いたい道具を作るというのが善子さんのスタイルです。

「料理は、夫と一緒にすることが多いんです。自社製品の一番の使い手として使うことで気づくことがたくさんあります。例えば『ロカポ』というオイルポットがあります。たっぷりの油を使って揚げ物料理をした時に一度に濾せる油こしがほしい。これが私の思いでした。そこで、800㍉リットルを一度に濾せる大きさにしただけでなく、上蓋の裏側を油こしの置き場所となるようにデザインし、油を綺麗に濾過するカートリッジを付けて販売することになりました」

 ぬか漬けで私が好きなのはニンジンです。そう言うと、善子さんも大賛成してくれました。

(写真・鈴木優太)

 「私もニンジンの大ファンです。1年中値段が安定していて手頃です。ただ、ぬか漬けは、色々な野菜を入れることでうま味が出るので野菜が偏らないことがおすすめです。古くなった漬物は、細かく刻んで、茗荷や生姜といった薬味と混ぜるとご飯のおかずになります。『カクヤ』と呼ばれる江戸時代から続く家庭の味です」

 この「カクヤ」を私も作っています(ただ「ヤマガタダシ」と呼んでいました)。それを野田琺瑯の「バターケース」に入れて保存しています。

 「ぬか漬け美人」は、インターネットや全国の百貨店でも買うことができます。ご当地のお土産ということではなく、食生活や暮らしをちょっと豊かにするための自分自身や家族に向けてのお土産にしてみるのはいかがでしょうか。

 「結婚以来、一度も夫と仲違いをしたことはありません。20年前に発売した『ホワイトシリーズ』は当初、『白い琺瑯なんて、衛生用品だと思われて誰も買わない』と反対される中、夫が『少しだけやってみようか』と言って、少量生産からスタートしました。下ごしらえ、調理、保存、冷蔵庫の中の整理など、さまざまな使われ方をされ、弊社史上一番の大ヒット商品になりました。どうやったら売れるかを考えたことはないんです。自分がほしいもの、使って嬉しいものを作るようにしています」

 まさに「必要は発明の母」であり、「夫婦円満」がそれを支えているといっていいでしょう。

野田善子さん(撮影、編集部)
野田琺瑯 東京都江東区北砂3-22-22 TEL 03-3640-5511

   
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日本の教育が危ない 子どもたちに「問い」を立てる力を
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明治国家の誕生以来、知識詰め込み型の画一的な教育が行われ、日本社会には〝正解主義〟が蔓延するようになった。時を経て、令和の日本は、数々の前例のない課題に直面し、従来の延長線上に「正解(アンサー)」が見出しにくく、「自らが『問い』を立て、解決する力(ソリューション)」が求められる時代になっている。一方、現代を生きる子どもたちの状況はどうか。学校教育は「質の低下」が取り沙汰され、子どもたちは外遊びよりも、塾通い、宿題に次ぐ宿題で、〝すき間〟時間がない。本当に、このままでいいのだろうか。複雑化する社会の中で日本の教育が向かうべき方向を提示する。


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