ガザ情勢下でも、マクロン大統領は10月20日に在レバノン仏大使館を通じてヒズボラと連絡を取り、レバノン南部に戦線を拡大させないよう自制を求めた。しかし、ハマスの更なる軍事行動がヒズボラの武装活動を触発する可能性があるため、先んじてハマスの活動を抑止する必要性が出てきた。
ガザ情勢で分断されるフランス社会
ガザ情勢の影響はフランスの国内問題にも波及している。フランスには欧州最大のムスリム社会とユダヤ人社会が存在する。
宗教別の人口調査が実施されていないため正確な数値を示す統計はないが、米国のピュー・リサーチ・センタ―によれば、在仏ムスリム人口は2020年時、約543万人と試算された。一方、フランス・ユダヤ人代表評議会(CRIF)によれば、在仏ユダヤ人の数は約55万人である。
イスラエル・ハマス間の衝突を受け、フランス在住のイスラエル国籍者が予備役の招集に応じ、対ハマス戦線に参加している。彼らの多くがフランスとの二重国籍者だが、フランスとイスラエルは59年に二重国籍者の徴兵を認める協定を締結済みである。
仏日刊紙『リベラシオン』によれば、イスラエル国防軍におけるフランス国籍は米国籍に次いで、2番目に多い外国籍である。同軍に所属するフランス系イスラエル人は全隊員の1.7~3.5%を占める。仏ニュース専門局『BFMTV』がパリの空港でインタビューしたイスラエル国籍者の予備役兵士は、祖国とイスラエル国民を守ると述べ、戦場に向かうことに躊躇していない様子であった。
在仏ユダヤ人がイスラエルとの紐帯を強める一方、フランス各地でイスラエルのガザ攻撃を非難する抗議デモが多発している。ムスリム住民の多くがデモに参加し、パレスチナの旗を手にパレスチナ人との連帯を表明している。このように、ガザ情勢をめぐる宗派間の分断がフランス社会でも顕在化してきた。
さらに、ガザ情勢に反応してフランスの治安状況が悪化傾向にある。10月13日、フランス北部の町アラスにある高校が襲われ、教師1人が刺殺された。逮捕された実行犯はロシア・チェチェン生まれのムハンマド・モグチコフ氏で、彼は過激分子だとして治安当局の監視下に置かれていた。ダルマナン内相は、アラスでの高校襲撃がガザ情勢に関連している可能性を示唆した。
11月4日には、南東部リヨンでユダヤ人女性が男に刺されて負傷する事件が起きた。実行犯は特定されていないものの、女性の自宅のドアには、かぎ十字(ユダヤ人を敵視していたナチスドイツのシンボル)の落書きが見つかったことから、ユダヤ人を意図的に狙った可能性が高いと考えられる。
フランス治安当局はハマスの奇襲以降、フランス全土のユダヤ人学校やシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝所)で警備を強化してきたが、この先も反ユダヤ感情に基づく犯罪行為の増加が懸念される。
中東情勢はこれまでもフランス本土でのテロ事件に幾度とつながってきた。こうした事情を踏まえると、マクロン大統領が対ハマス有志連合の形成を主導することは、むしろフランスの安全保障にとって非常に危険な動きである。仮にフランスが直接介入せず、イスラエルに軍事支援を提供するだけでもフランス国内にいる多数のムスリム住民を刺激する恐れがあるだろう。