2024年5月9日(木)

食の安全 常識・非常識

2023年11月30日

 一方、化学合成された医薬品や残留農薬、食品添加物などは、昔から一定の安全性評価を経て使われてきました。しかし、多くの人がこれらを危険視し、自然を安全と受け止めています。マクリガー博士は、その矛盾を科学と制度の不備の両面から指摘しています。

 さらに、マクリガー博士は、有機農産物、オーガニック食品にも言及します。オーガニックとして栽培された農作物は害虫や病気を自ら防ぐための防御物質を体内で生成しており、農薬なども用いて栽培された農作物よりも安全性が低い可能性がある、というのです。博士は「ほとんどの人がオーガニック製品の方がより健康的であると思い込んでいるものの、実際のところはこの仮定が正しいという証拠がない」と主張しています。

日本でも起きているナチュラルミステイク

 さて、監訳した日本の二人の科学者はこの書籍から何を学び、日本の状況をどう考えているのか。

 林さんは「日本も同じようにナチュラルミステイクがはびこっている」と語ります。

 実は、この書籍でも日本の事例が紹介されています。ワラビと食品添加物AF-2の比較です。AF-2は、日本で豆腐や魚肉ソーセージ等に用いられていた保存料でしたが、DNAに作用し次世代の遺伝情報にまで変異をもたらす「変異原性」があり、がんを引き起こしているとして抗議運動が起こり、1974年に禁止されました。

 しかし、国立がんセンターの総長を務めた杉村隆博士が1982年の論文で、AF-2の発がんリスクはワラビとほぼ同じであったと示しています。マクリガー博士はこの内容を引用し書籍「ナチュラルミステイク」の中で、「AF-2の使用に抗議した人の多くが、抗議活動から帰ってきて夕食にワラビを食べたことは容易に想像できます」と書いています。

 監訳したお二人によれば、AF-2の発がん性については、禁止後に日本で詳細な研究が行われました。細胞に化学物質の溶液を直接作用させる「in vitro試験」と、動物に化学物質を食べさせる「in vivo試験」が行われ、たしかにin vitro試験は陽性でした。しかし、動物に食べさせるin vivo試験は、化学物質が動物の体の中を動き代謝分解されながら作用するものなので、in vitro試験の状況とは大きく異なります。

 現在、化学物質の発がん性を評価する時には、in vivo試験とin vitro試験を複数行って詳細に検討し、その化学物質がDNAに変異を起こさせる「遺伝毒性」があってがんになるのか、DNAには作用せず炎症の悪化など間接的な影響によりがんに至るのかを判断しています。

 しかし、1970年代はまだ、そうした方法論が確立されていませんでした。2009年度の厚生労働科学研究で本間正充研究員(現・国立医薬品食品衛生研究所所長)らが実施したAF-2の研究では、変異原性は一部の種類の細胞でしか確認されず、また、動物を用いたin vivo試験では、細胞のDNAを突然変異させる遺伝毒性は確認されませんでした。がんは、AF-2を大量に与えた場合でないと発生しないのです。

 禁止された当時に実施されたマウスの試験の結果から推定すると、マウスの半数にがんを引き起こす量(TD50)は550mg/kg体重/日。一方、1973年の日本人のAF-2の平均一日摂取量は約5.7µg/日。体重1kgあたりの量を計算すると、0.00011 mg/kg体重/日であり、がんを引き起こすTD50と500万倍以上離れています。ここから見えてくるAF-2のリスクは、現在の日本人が野菜炒めやフライドポテトなどを食べた時、加熱調理により自然に生成する発がん物質アクリルアミドから被るリスクに比べても、著しく低いのです。


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