2024年11月23日(土)

未来を拓く貧困対策

2023年12月8日

なぜ、理工農学系学生の無償化は反対されないのか

 この記事を読んでいるあなたは、理工農学系学生の無償化に賛成だろうか、それとも反対だろうか。多くの読者は、「日本の将来を考えた時に、ICTや工学、農学などの技術開発は避けて通れない。高度な技術をもつ人材を育成するために、授業料を無償化するのは賛成である」と答えるのではないだろうか。

 もう一歩推測をすれば、「入試難易度の高い国公立大学に進学する優秀な人材は授業料を免除してもよいが、さして勉強しなくても入学できる私立大学の学生まで対象者を広げることはやめるべき」と考えてはいないだろうか。

 これは、「優秀な人材を育てるためにこそ資源を使うべきである」という考え方に基づくものである。この考え方は、日本の奨学金制度でも根幹をなす原理として重視されてきた。しかし、奨学金制度にはもう一つ、なくてはならない原理がある。

奨学金制度の2つの原理

 日本の奨学金制度は、歴史的にみて「育英」(優秀な人材の育成)と「奨学」(経済的に進学しにくい者の進学機会確保)という2つの原理に基づき構築されてきた。

 奨学金の多くが正式名称を「育英奨学金」としているように、優秀な人材の育成と経済的に進学しにくい者の進学機会確保は車の両輪として機能してきたのである。

 しかし、日本人の気質は、「育英」が大好きでほとんど無批判に受け入れるが、「奨学」には強い抵抗感を示す。育英が競争主義・選別主義的な思想に基づくのに対して、奨学は平等主義・普遍主義を基盤とする。前者は直感的でわかりやすく、後者は理解に時間がかかる。

 「多子世帯向け大学無償化」政策が不公平に見えるのは、本来は別々の思想に基づいて実施すべき政策を、無理やりに一つの制度にまとめようとしたことに原因がある。さらに、戦時中の〝産めよ殖やせよ〟を彷彿とさせる「多子世帯」という新しい要素を付け加えたために、政策はより混沌としたものになってしまった。

「合成の誤謬」で混乱する奨学金制度

 「合成の誤謬」という言葉がある。個々のレベルでは正しいと思われる対応をしても、全体でみると悪い結果を招いてしまうことをいう。

 多子世帯向け大学無償化は、普遍主義(所得制限の対象範囲を広げる)、財政規律(第3子に限定することで支出を抑える)、少子化対策(出生数を増やす)という政策目的を、1つの制度で実現しようとした。


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