2024年6月25日(火)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2024年1月9日

 まず「90秒ルール」というのは研修ではない。これは資格試験のようなもので、1年に一回、客室乗務員は実際にこの「90秒以内に、機材の片側だけの非常口を使って乗客を安全に機外へ脱出させる」実技と、筆記の試験を受ける。そしてその試験に合格しないと、以降は乗務ができなくなるという厳しいものだ。

 そして、このルールはJAL独自のものではない。世界の主要な航空会社全てが加盟している「国際航空運送協会(IATA=イアタ)」が設けているルールであり、そのルールが実施されているかをIATAは監査しているし、多くの国ではIATAの監査をクリアすることを航空会社への免許交付の条件としている。

「奇跡」の裏にいる機材技術者の存在

 2点目は、この90秒ルールというのが、客室乗務員のオペレーションの質とスピードを問うだけではなく、その原点には機材の側の問題があるという点だ。

 どういうことかというと、機材の側にも90秒ルールというのがある。それは重大な航空機火災等の場合に、最低でも90秒間は機材が持ちこたえて乗客を保護するだけの強度を持たねばならないというルールである。

 全ての航空機、全ての航空機の部品はこの機材側の90秒ルールをクリアするように設計、製造されており、この基準に達していない機種には「型式認定」つまり航空機として飛行させる許可が多くの国では出ない。反対に、この90秒ルールをクリアするような技術を開発することに、世界各国の航空産業は切磋琢磨している。

 例えば、今回の日航の機材はエアバスA350-900という機種だが、その製造メーカーであるエアバス社の技術者は直後に来日して事故調査に参加している。特に今回の事故は、炭素繊維などの複合材を全面的に使用した大型機の全焼事故としては、史上初のケースとなっている。

 その複合材がしっかりと90秒を超える避難の所要時間まで乗員乗客の生命を守ったというのは、明るいニュースである。だが、エアバスの技術者は単に成功事例として済ますことはなく、燃焼のパターンの解析を厳格に行うであろう。

 ちなみに、エアバス350-900に炭素繊維複合材を供給したのは日本の帝人である。帝人においても、今回の全焼事故から徹底的にデータを収集して技術革新に努めていただきたい。そのノウハウがエアバスに渡るようだと、帝人側の付加価値が減少して日本経済にはマイナスだからだ。

 また事故機のエンジンを製造していたロールス・ロイス社の技術者も参加している。彼らは、海保機と直接衝突した左エンジンが、どのように発火したのか、にもかかわらず原型をとどめたのはどういった経過によるのかなど、同じように精査を行ったに違いない。いずれにしても、今回の「全員生還のドラマ」の半分は、こうした機材側の製造メーカーの努力の積み上げの成果であることは間違いない。

 昔の友人で、P&W(プラット・アンド・ホイットニー)社の、ジェットエンジンの技術者だった人物から90年代末に聞いた話だが、当時の(今もそうだと思うが)ジェットエンジン技術者は、自社製品を搭載した飛行機が事故を起こすと、誰よりも早く現場に急行してエンジン廻りのデータを必死になって収集していたそうだ。事故後の煙や熱の残る口には出せないような凄惨な現場も多く経験したと彼は語っていた。航空機の安全運航はそのような機材メーカー側の厳しい努力に支えられていることを忘れてはならない。


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