IARCに入り込んだ活動家たち
IARCは世界保健機関の付属機関で本部はフランス・リヨンにある。日本を含む22カ国が加盟し、50カ国の約350人の研究者ががん対策のために発がん性物質の判定やがん予防指針の策定などに従事している。
例えば、福島第一原発事故後に子どもたちが甲状腺がんと判定された問題では「過剰診断が原因であり、甲状腺がんのスクリーニング検査を推奨しない」と勧告するなど科学的な判断を基に一定の役割を果たしている。
しかし、グリホサートの評価をめぐる問題ではサスペンス映画のような暗躍が露呈した。その闇の世界を世に知らせたのは複数のジャーナリストだった。
ラウンドアップ裁判には多くの証人が出廷して、原告側と被告側からのさまざまな質問に答えたのだが、その質疑を丹念に追い、その真偽を確認することで真相にたどり着いたジャーナリストたちがいたのだ。それがロイター通信のケイト・ケランド記者、世界的な経済誌であるForbesのジェフリー・コバット記者、そしてブロガーであるリスク・モンガー氏などだ。以下に彼らの調査記事を要約して紹介しよう。
当初、疑惑の目が向けられたのは、米国政府で働いていた統計学者クリストファー・ポルティエ氏だった。IARCが設置した科学委員会の委員長として14年にグリホサートの評価を行うことを提案し、グリホサート評価パネルで特別顧問を務めていた。
評価パネルが作った報告書の原案には「グリホサートに発がん性はない」と書かれていた。ところがその後、この結論が削除され、逆の結論に置き換えられた。ポルティエ氏がかかわったかどうかに関して、裁判でこの点を質問されたポルティエ氏は結論が変更された事実を認めたものの、いつ、どのようにして変更されたのかは知らないと答えている。
評価パネルを動かしていたのは委員長であり、ポルティエ氏は特別顧問にすぎない。そこで疑惑が浮上したのが、委員長を務めた米国の疫学者アーロン・ブレア氏だった。
彼は前述の米国国立がん研究所やEPAの研究者が参加する農業者健康調査(AHS)の担当者でもあった。AHSの調査ではグリホサートとがんの関係が否定されていたことを、当然のことながらブレア氏はよく知っていた。
そして13年の初めに、ブレア氏らは調査結果を報告する論文の準備を開始した。内部文書によれば、担当者からはグリホサートとがんの関係を否定するデータは極めて重要であり、「IARCの決定に間に合うように論文を出版しなければ無責任だ」との意見があった。
そして、この論文は14年に発表された。ところが不思議なことに、最も重要なグリホサートのデータは除外されていた。このことについて裁判で質問されたブレア氏は、論文の枚数が多すぎるためにグリホサートのデータを収録できなかったと答えている。また、このがんとの関連を否定するデータが発表されていたら、IARCの評価が変わっていたのかと聞かれて、「イエス」と答えている。
IARCは発表された論文しか取り扱わないことにしている。この規則に従えば、未発表のAHSのデータを無視したことに問題はない。しかし、そのような規則のすき間を狙って、ブレア氏がAHSの調査結果の発表を故意に遅らせることで、事実とは逆の裁定をIARCに出させたことは容易に推測できる。