第三に、香港当局のパラノイアがある。19年の暴力的な騒擾は衝撃的であったが、それに対処するには香港の通常の法律で十分であった。しかるに、立法会で民主派が多数を占める脅威に対抗して、平和的な政治的異論すらも潰すために、国家安全維持法を課した。
おじけづき、あるいは暗くなる政治的なムードを確信し、多くの裁判官は人々の自由の守護神としての伝統的な役割を見失っている。基本法でも国家安全維持法でも、表現の自由と集会の自由は保証されているが、口先だけに過ぎない。
香港はゆっくりと全体主義国家になりつつある。法の支配は政府が強い関心を抱く分野では深刻に損なわれた。
自分(Sumption)は、辞任するまで、終審法院の海外裁判官であった。海外裁判官の存在が法の支配を維持することに役立つことを希望してこの法廷にとどまっていた。しかし、もはや現実的でないと思う。
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劇的に変化した海外裁判官の立場
香港では基本法に終審法院では他のコモンローの諸国から裁判官を招き得ることが規定され、以来、終審法院に非常任の海外裁判官が置かれている。
しかるところ、20年6月の国家安全維持法の施行はこれら海外裁判官の置かれた環境と立場に激変をもたらすこととなった。20年9月に豪州出身のJames Spigelmanが辞任した。次いで、22年3月に英国出身のRobert ReedとPatrick Hodge(両名はそれぞれ現職の英国最高裁長官と副長官である)が辞任した。
当時、Reedは「(英国)政府との合意も得て、政治的自由と表現の自由の価値に決別した政府を是認していると思われることなく、最高裁判事が香港で法廷に参画し続けることは出来ないと結論するに至った」との声明を公表した。
当時、英国出身のLawrence CollinsとJonathan Sumptionは香港の人々の利益のためとして終審法院にとどまったが、去る6月6日、両名も辞任した。さらに、6月10日にはカナダ出身のBeverley McLachlinが7月の任期切れをもって退任すると発表した。
いずれの辞任・退任も5月30日に高等法院が国家安全維持法に規定される「政権転覆の陰謀」の容疑で14人の著名な民主派の政治家を有罪とする判決を下したことが引き金になったとみられる。