エアバッグがない車
ロシアによる輸入代替政策が機能しなかった、典型的な事例がある。2022年6月、ロシアの大手自動車メーカーが、冬季の運転に不可欠な安全システムや、エアバッグすら搭載しない車の生産を始めたのだ。
「6月に生産が再開されたアフトバス社の乗用車『ラーダ』には、アンチロックブレーキシステム(ABS)がついていない。購入者は冬が来る前に、ABSなしの車の運転に慣れる必要がありそうだ」。ロシアメディアは同月下旬、自嘲気味にこう報じていた。
なぜそのようなことが起きたのか。アフトバスは、前述したフランスの自動車大手ルノーの傘下にあった、ロシアの自動車大手だ。ウクライナ侵攻を受け、ルノーは5月、ロシアの現地法人とアフトバスの株式を売却すると発表。アフトバスはロシアの国営機関に売却された。
アフトバスは6月、ロシア中部トリヤッチの工場で生産を再開したが、制裁などの影響で部品が調達できず、一部の安全装置なしで車を生産することになったという。自動車のような技術的に高度な製品においては、ロシア側は外資に成り代わっての製造はできない実態があった。
混乱はさらに広がっていた。ロシア国内ではこれまで、日本や欧米など幅広い国々の主要メーカーの工場が進出し、乗用車を生産していた。しかし、ウクライナ侵攻を受け、各国メーカーがロシア国内での生産を停止し、部品やタイヤメーカーも輸出を止めた。その結果、ロシア国内では自動車の供給不足に陥るとの見通しから価格が高騰し、販売台数が激減するという事象が発生した。知人のひとりは、「アウディをポルシェの値段で売っている」とあきれたように語っていた。部品の減少を補うために、中国製部品で修理を行える韓国メーカーの車の購入を推奨する専門家まで現れた。
国際的な競争力はむしろ低下
輸入代替政策には、もうひとつの致命的な欠陥がある。それは、品質の悪い自国や第三国が生産した部品などを使えば、実際には産業の競争力が向上するどころか、国際市場においては、競争力はむしろ低下するという点だ。
ソ連時代末期、ソ連国内では西側では考えられないほど質の悪い自国製品が流通していた。海外からの製品が輸入されず、国内企業が独占的に市場を維持していたため、それらの産業が生きながらえることができていた。だが、ソ連が崩壊して外資の製品がロシア市場に流れ込んだ結果、ロシア製品は駆逐され、産業は壊滅的な打撃を受けた。ロシアで国際的競争力があるのは、石油や天然ガスなどエネルギー産業、鉄鋼などの金属産業、小麦などの農業など、地下資源や広大な国土に依存した第一次・二次産業ばかりだ。
今回も、その構図は変わらない。現在の状況が長引くほど、ロシアの産業の競争力は低下を続ける。そして戦後、再び外資が参入すれば、ロシアの産業はソ連崩壊時の二の舞いとなりかねないのが実態だ。