2024年2月25日(日)

オトナの教養 週末の一冊

2014年2月14日

 ショッピングモールは、そのコンビニが大きくなったものともいえるのではないでしょうか。商品ではなくショップがコンビニ的に集まっている空間で、ショッピングモールではテナントを商品に置き換えて、テナントを回転させていくイメージです。コンビニ対する日常性がショッピングモールに変わったときに、また別のものになったのではないかと。若林先生がパルコを出発点とするならば、私はコンビニなんですね。

ーーパルコと現在のショッピングモールやテーマパークは比較されることが多いと思います。これについてはいかがでしょうか?

若林幹夫さん

若林氏:80年代にオープンした東京ディズニーランドは、ショッピングモールと比較され、またその起源としてパルコが語られることがあります。しかし、私の理解だと、パルコ的なものと、ショッピングモール的なものやディズニーランドのあいだには確実に切断線があると思うんです。

 ショッピングモールは、舞台がしっかりと設えられていて、誰でもそこへ行けばなんとなくその舞台の登場人物でいられる「ゆるい空間」です。それに対して、80年代のパルコに代表される渋谷界隈がどうだったかといえば、記号的空間ではあったけれども、実は記号の隙間が多かった。たとえば、スペイン坂は、名前はスペインだけれど、瓦屋根の民家がまだ残っていました。80年代の渋谷には、そうした記号の断片が散らばっていて、それを無理して読んでいくゲームだったのではないかと思いますね。そのためには、消費社会的な教養が必要で、パルコやセゾングループは、少なくとも消費の主体をつくっていくような教育的機能まで果たしていたと思うんです。

 そういう視点で考えると、ディズニーランドやショッピングモールは、どこも同じようなお決まりの記号、つまり同じようなテナントや空間の構造が散りばめられていて、退屈な空間に見えます。ただ、その退屈さが消費をより大衆化、日常化していく上で必要だったのではないでしょうか。

ーー一方で、ショッピングモールやセンターについては、三浦展さんの『ファスト風土化する日本』(洋泉社)のように、商店街を破壊し、地域のコミュニティを分断するという意見もあります。

若林氏:実は以前『郊外の社会学』(ちくま新書)という本を書いたとき、三浦さんの議論を意識していました。彼は、イオンに代表されるショッピングセンターや、そうした中に入っているナショナルチェーンやグローバルに展開している資本が日本の社会から風土を剥ぎとっていると主張しています。確かにそういう部分はあるかもしれませんが、現実には多くの人たちが日常的にショッピングモールで買い物をしているわけです。商店街がなくなり、ショッピングモールしかない街で、ショッピングモールがなくなったら、その地域の人たちはどこで買い物をすればいいんでしょうか?


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