食品安全委員会への批判
「PFASは非常に危険」と信じている人たちは、この評価が納得できなかったのだろう。あるテレビ番組はこの評価について「健康リスクとPFASの関連を示す証拠が不十分だとしていて、評価は定まっていない」と述べた。「まだ分かっていないから怖い」という誤解を作り出す間違ったコメントである。食品安全委員会は多くの論文を集めて検討し、実験動物の出生時体重については関連があるが、それ以外はないことを明らかにしているのだ。
また、ある番組は「食品安全委員会は規制の強化を求めていない」と批判した。しかし健康被害がないのになぜ規制を強化するのか、科学的根拠は述べていない。「PFASは恐ろしい」という先入観に基づく批判にしか見えない。
ある番組は、世界最大の水質汚染があった北イタリア・ベネト州の住民調査について報道した。調査結果を記載した2024年の論文によれば、工場排水による水質汚染は1966年に始まり、2013年の飲料水中のPFOA濃度は1リットル当たり319 ナノグラムだった。この年に対策が始まり、18年には検出限界以下になった。
80年から34年間の汚染地区住民の死亡原因を調査したところ、非汚染地区より死亡率が高く、心血管疾患と腎臓と精巣の腫瘍が多かったという。この論文は食品安全委員会の評価後に発表されたものであり、これは科学的根拠を示した批判と言える。
しかし、番組が伝えなかったことは、イタリア以外の世界の多くの汚染地域でも疫学調査が行われ、それらを食品安全委員会が総合的に検討していることだ。その結果、PFOAと腎臓がん、精巣がん、乳がんとの関連については、研究調査結果に一貫性がなく、証拠は限定的であると判断し、PFOSと乳がん、PFHxSと腎臓がんおよび乳がんとの関連については、証拠は不十分であると判断している。
科学は事実の積み重ねである。他の多くの汚染地域ではPFASの健康影響がないことが分かっているのに、イタリアだけは影響があるのだろうか。この疑問は今後明らかにされるだろう。
規制値の設定を急がない理由
PFASは1940年代から半世紀以上にわたって使用され、焦げ付かないフライパンとして有名なデュポン社のテフロンはPFOA、3M社の衣類が濡れないスコッチガードはPFOSを使用している。そのデュポン社の廃棄物埋め立て地の近隣でPFOA汚染が見つかり、99年に裁判が起こったことがPFAS問題の始まりだった。
そこで健康を守るための規制値の設定が必要になったが、その根拠となるPFASによる明確な健康被害は見当たらなかった。汚染が最も激しいのはもちろん製造工場であり、88年に工場で働いていた人の平均血中PFOS濃度は1ミリリットル当たり941ナノグラムで、米国の指針値の47倍だった。にもかかわらず、明確な健康被害の事実はないのだ。
そこで動物実験などの結果を根拠にして規制値を設定することになったのだが、世界各国の動きは遅かった。米国で環境汚染が問題になったのは99年だが、米国環境保護庁(EPA)が暫定健康勧告値の草案を発表したのが09年で、これを確定したのは22年だった。
日本でもPFOSとPFOAとPFHxSの製造と輸入を原則禁止にしたのはそれぞれ10年、21年、23年、食品安全委員会が健康影響評価を発表したのは24年である。飲料水の規制値を設定した時期も、世界各国とも16年以後であり、世界保健機関(WHO)はいまだに暫定値しか示していない。健康被害がないため急いで規制値を設定する必要がないことがその理由と考えられる。
さらに、多くのPFASの中でPFOSとPFOAの2種類についてだけ規制値を決めている国がある一方で、多くの、あるいはすべてのPFASについて規制値を決めている国もある。安全のための規制値であれば世界的にそれほど大きな違いはないはずだが、PFASの規制に大きな違いがあるのは、安全を守るためだけでなく、安心のための意味があることは後で述べる。