米国のPFAS裁判の動向
最初の裁判は、99年に米国のビロット弁護士がPFOAによる環境汚染問題でデュポン社を提訴して和解金を獲得したものである。2番目は同じ弁護士が01年に汚染地域の住民を集めて集団訴訟を起こし、長期間の疫学調査の結果、PFOAは腎臓がんなど6つの疾患と関連する「可能性が高い」と判断されて17年に総額6億7000万ドルで和解した裁判だった。
その後、新たな裁判が続いているが、それらはすべて環境汚染に対する賠償請求であり、健康被害の賠償請求は見当たらない。米国の裁判は陪審員の判断で決まるので、弁護士は陪審員の感情を味方に付けることが重要であり、それは必ずしも科学的事実とは一致しない。
17年の判決でPFASの健康被害が認められたのはそのような事情があったものと推測される。しかし、その後は健康被害の裁判が見当たらないことは、PFASと健康被害の因果関係を証明する科学的な事実がないことが明らかになった結果と考えられる。
「永遠の化学物質」だから怖い
健康被害がないにもかかわらず、PFASが恐ろしい化学物質と誤解された原因は、「目に見えず、正体がよく分からない」という要因があるが、それ以外にも3つある。
PFASは、自然の状態ではほとんど分解しないことから、環境中に蓄積する恐れがある。摂取すると体内からの排泄は遅く、半分に減る時間は数年と言われる。そのような理由で、米国では2000年にPFOSの製造販売が停止になり、それ以外のPFASも順次製造を停止した。
その結果、99~00 年には約30ナノグラムだった米国一般住民の血中PFOS濃度が、17~18 年には5ナノグラム以下まで減少した。PFASは摂取量を減らすことで、体内への蓄積を減らすことができるのだ。
PFAS摂取の主な経路は水道水など飲料水であり、水道水の暫定目標値がPFOSとPFOAの合算値で50 ナノグラム/リットルに設定されている。環境省によれば、水道水の検査数と暫定目標値を超過した事業数は、20年度は466中11だったが、21年度は801中5、22年度は869中4、23年度は1325中3、そして24年度は9月30日時点で1745中ゼロだった。今後は暫定目標値を水道水質基準に格上げして検査を義務付けることになっている。
水道水以外では、魚介類、藻類、肉類にPFOSとPFOAが含まれ、食事から摂取するPFOSは1日あたり体重1キロあたり0.60~1.1 ナノグラム、PFOAは0.066~0.75ナノグラムと農水省は推定している。これは指標値をはるかに下回る値である。
「発がん性がある」判定の本当の意味
IARCは23年の評価で、PFOAを「人に対して発がん性があるグループ1」、PFOSをグループ2Bに分類した。これを見たメディアは「発がん性が指摘されるPFAS」などと報道し、「厳しく規制すべき」などと主張している。
しかし、グループ1にはビールやワインなどのアルコール飲料、ハム、ソーセージ、ベーコンのような加工肉、ディーゼルエンジンの排気ガス、経口避妊薬、太陽光などが入っている。日光浴をしながら、ソーセージをつまみにビールを飲んだらがんになるのだろうか? そうであればそれらをすべて禁止しなくていいのだろうか。
IARCの評価の意味を知る人は少ない。IARCは、人に対する発がん性の「証拠の強さ」、すなわち論文があるのかを示す役割で、それが実際にがんを引き起こすのかという実社会の話はしない。
他方、食品安全委員会はじめ世界のリスク評価機関は、それを摂取したら実際にがんを起こす可能性があるのかという、実社会での問題を判断している。ハムやソーセージには微量の発がん物質が入っているというのがIARCの評価だが、だからと言って通常の生活でこれらを食べてもがんにはならないというのがリスク評価機関の評価だ。
どちらを参考にすべきか明らかなのだが、「危険情報重視」の本能で行動するメディア関係者は多い。さらに、IARCの評価の意味を知らない人も多い。だからIARCの評価を重視し、食品安全委員会の評価を無視するという、専門家とは逆の判断をするのだろう。このことも不安を広げる要因だ。