偶然か、運命か、名医との出会い
ここから難しいのが、その進歩した治療にアクセスできるか、具体的な治療を行うことができる医師にめぐり会えるかどうかだ。名医に出会うことで、治療の成功率や生存率は向上する可能性がある。専門医による適切な治療を受けられることは、患者にとって非常に重要であり、希望を持たせる要因となる。
がんとの戦いに挑む姿勢が求められる。がんと診断された瞬間、まるで天からの挑戦状を突きつけられたような感覚が襲い、立ち止まるわけにはいかない。情報を集め、治療法を探し、命を託すに値する名医を見つける必要がある。自分の運命を預ける相手を選ぶことは非常に重要だ。
そんな中、運命の再会が待っていた。5年前にシンガポールで偶然出会ったS先生との再会である。友人の計らいで同じテーブルを囲んだ彼との再会は、まさに「縁」を感じる出来事だった。あの時は、何気ない会話を交わしただけだったが、今こうして命を託そうとしている相手として再び巡り合うとは思わなかった。この不思議さは、何か特別な力が働いているのではないかと感じさせる。
さらに、僕の長女の知人がM医師を紹介してくれたことも、まさに奇跡的な「ご縁」であった。何気なく長女が「私の父ががんになったのですが、良い専門医はいませんか?」と尋ねた一言から、主治医となるM先生にたどり着いたのだ。この偶然の重なりは、運命が差配しているかのように思える。
人生は不思議なもので、こうした小さな出来事が大きな影響を与えることがある。目に見えない原因が「縁」というものの本質であり、自らの行動や意識が影響を持つ。袖振り合うも他生の縁という言葉があるが、実際に感じることができるのは、こうした瞬間だ。
S先生と再会した時、彼は「医者らしくない」と感じた。どこかビジネスマンのような雰囲気を持ち、知的でありながらも現場の医師とは違う鋭さを持っていた。彼は日本の大腸がんの治験を統括し、世界の医学界に影響を与える立場にあった。彼の目には、医療革命を日本から発信する意志が感じられた。初対面の時に受けた印象が、今の自分にとっての希望の光となっている。
医療の選択肢を見極めることも重要だ。日本の標準治療は慎重で確実だが、欧米の最先端治療には新たな可能性がある。特に免疫療法や遺伝子治療が進化しており、これらの治療法を選ぶことができれば、命を救う道が開けるかもしれない。選択を誤れば命を落とすこともあるが、正しい道を選べば生き残る可能性がある。
最終的な決断は自分自身の意志である。家族や友人、名医の支えがあってこそ生きることができるが、進むかどうかを決めるのは自分である。頼るのではなく、自らの力で立ち向かうことが求められる。柳の木が強い風にしなるように、多少の余裕を持つことが重要だ。気力がある限り、決して負けない。
日本の健康保険制度は素晴らしいが、あまりにも厳格で、その運用に余裕がないため、結果として個々人が持つ治癒力を活かした免疫療法が保険診療には認められていない。海外では保険診療に認められている免疫療法を、日本も一部エビデンスのあるものは柔軟に保険医療に加えるべきだと思う。柔軟さがあれば、患者はより多くの選択肢を持ち、自分に合った治療法を選ぶことができる。
このがんとの戦いは、ただの試練ではなく、自らの人生を見つめ直す機会でもある。自分は何かに生かされていると思うしかない。先祖が何代も命のリレーを繋いできた結果、今の自分が存在している。この尊い命は無数の「ご縁」に支えられている。
昔、京都の四柱推命の高名な学者が運命を的中させたことがあった。母が四柱推命に凝っていたため、特に気にも留めなかったが、その後の鑑定でも不思議なほどの的中率を感じた。非科学的な話は信じない主義だが、運命に関わることについては何か不思議な力が影響しているのではないかという思いが強くなる。
このように、自らの人生を振り返ることで、様々な「縁」を感じることができる。S先生やM医師との出会いは、まさにその象徴であり、これからの戦いにおいても多くの「縁」が影響を与えるだろう。この戦いを通じて、命の重みや「縁」の大切さを実感し、希望を持って未来を見つめていきたい。
がんファイターとしての覚悟を胸に、これからも自らの運命を切り拓いていく所存である。どんな困難が待ち受けていても、心の中には強い意志が宿っている。そして、その意志こそが未来を切り拓く力となる。人生の不思議な「ご縁」に感謝しながら、前を向いて進んでいきたい。