落雷に対し、校内には避雷針を備えた屋根付きスタンドを15年前に設置するなど対策を取ってきたという。公立学校でこのような対策を取ることは余り聞かない。私立学校ならではであり、回答からは学校としてできる対策を取ってきたという自負も感じられる。予測が難しいため、気象庁も出すのは注意報までで、警報はないという背景もあるだろう。(「(社説)部活の落雷事故 躊躇なく止める決断を」:朝日新聞)
日本大気電気学会顧問を務める牛尾知雄・大阪大学教授(電磁波工学)によれば、当日午後5時45分頃から6時15分頃の間に積乱雲が発達していたとされる。また、近くの住人の「「パラパラと雨が降る中、『ドーン』と大きな音が1回した。ゴロゴロという音もなかった」という証言からも、まさに突発的な天候の変化があったと思われ、その場で教員が予測して臨機応変に対応することは難しかったと推測される。
今後学校が事故調査委員会で事故を検証するということで、メディアも明確な批判は避けているようだが、報道タイトルが「顧問ら注意報認知せず」であり、暗に批判を煽っていることは明白だ。この事故における学校の責任はどこまで求められるのだろうか。
「大川小の悲劇」が与えた衝撃
学校における自然災害事故が起こる度、筆者の脳裏には、学校教育関係者に大きな衝撃を与えた東日本大震災における「大川小の悲劇」が思い浮かぶ。
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9.0の地震の影響で発生した津波により、石巻市立大川小学校で70人以上の児童が教職員10人とともに死亡した(大川小学校事故検証報告書)。この事故については、後に死亡した児童のうち23人の父母である原告らが、大川小学校の教員等に過失があるとして裁判を起こしている。
多くの学校関係者が注目する中、最高裁が上告を不受理としたことで最終的に14億円余りの損害賠償を命じた控訴審判決が確定した。教員が不適切な避難場所へ移動しようとしたため子ども達の命が奪われた、というのが判決理由である。
一審、控訴審ともに判決内容は論点が変わり、かつ、多岐に渡るが、つまり学校には学校保健安全法に定められた安全確保義務違反があり、こうした自然災害をも予見しなければならず万全の対策を取らなければならないということである。さらに控訴審ではそもそも市が作成したハザードマップは間違っていたが、校長はそれを指摘して修正させる義務もあったとしている。ひょっとしたら、裁判官はもし自分が校長であったなら確実に防げたと考えているのかもしれない。
言うまでも無くこの判決は学校関係者、とりわけ管理職を不安のどん底に落としめた。また、文部科学省も大川小学校事故訴訟に関して、「東日本大震災の津波被害に係る大川小学校事故訴訟に関して、(令和元年)10月10日の最高裁判決において上告が棄却され、校長等や教育委員会に過失があったとして自治体に損害賠償を命じた控訴審の判決内容が確定した」と述べ、あたかも当たり前のように対策を立てよと通知をしている。
もちろん、児童70人が死んでいったことに全国民がやり場のない深い悲しみに襲われた。しかし、この震災当日、大川小学校近隣の釜谷地区内にいた住民等232人のうち、181人が死亡、その死亡率は実に78%だという(前掲書)。
その未曾有の天変地異で児童とともに悲惨に死んでいった教員に「安全確保義務」に欠けていたという判決が出されるのを信じられない思いで見ていた。もし、この判決が正しいというならば学校の安全確保は不可能に近い。人間が神との戦いに勝てるはずがない。
