インドシナ半島南部を横断するこの回廊は、域内貿易と投資を促進し、製造業の集積を後押ししてきた。日系企業を含む多くのグローバル企業は、この陸路を通じて部品や原材料を効率的に輸送し、サプライチェーン全体の最適化を図ってきた。
しかし封鎖により、物流はベトナムを経由した海上輸送に切り替わり、従来の約3倍にあたる1500キロ超の長距離ルートとなった。これに伴い、輸送コストが3倍に膨らんだケースも報告されており、リードタイムも大幅に延長されている。
この影響は、タイ・カンボジア両国のサプライチェーン全体に深刻な打撃を与えている。カンボジア側では、タイからの食品や医薬品などを扱う小売業者が仕入れを断念し、代替供給先の確保に奔走。タイ国内の製造業では、部品供給の遅延により納期を守れず、操業停止や契約違反による賠償リスクが顕在化している。
とりわけ打撃が大きいのが、自動車・アパレル業界である。これらの業界は、タイからカンボジアへの縫製資材や自動車部品の運搬を陸送に依存してきた。
南部経済回廊のほぼ中央に位置するタイ・サケオ県の国境検問所は、特に自動車関連製品の物流の要である。24年にはカンボジアから32億バーツ(約140億円)相当の自動車関連製品を受け入れており、これは同製品群の対タイ輸出の8割超(金額ベース)を占める。今回の国境封鎖により、事実上、機能停止に追い込まれており、その影響の大きさは計り知れない。
低賃金の利点が打ち消される可能性
企業がカンボジアに生産拠点を構えてきた背景には、人件費の圧倒的な優位性がある。日本貿易振興機構(ジェトロ)の24年調査によれば、カンボジアの製造業労働者の月額基本給は243ドル。一方、タイは437ドル、中国はさらに高い。人件費総額ではタイの約半分以下となるため、カンボジアは「タイ+1」戦略の中心地として多くの企業に選ばれてきた。
「タイ+1」戦略とは、タイに拠点を持つ企業がリスク分散とコスト最適化の観点から、生産の一部を近隣国に移す動きのことを指す。タイはインフラやサプライチェーンの集積という点では依然としてアジア有数の製造拠点だが、近年の賃金上昇や労働力不足、さらには地政学的リスクへの懸念から、周辺国にバックアップ拠点を設ける動きが加速している。
中でもカンボジアは、安価な労働力に加え、タイ国境に近く陸路での部材供給や製品輸送が可能であることから、「+1」の有力候補として注目されてきた。
しかし、今回の国境封鎖が長期化すればそのコスト優位を打ち消すことにもなりかねない。

