排水事業は集落内の水路の改修などであるが、野菜や洗濯に利用できる洗い場の設置もあった。それが共同施設ならいいのだが、戸別に整備して、1戸当たり500万円もかかるような事例が出てストップをかけたことがある。コストを無視した地域行政の暴走であろう。
集落広場は、林道工事から出た残土で埋め立てて整備する、言わば道の駅と似たコンセプトなのだが、せいぜいゲートボール場ぐらいだと思っていた。そうしたら、スキー場のゲレンデだの陸上競技のトラックだのが出てきた。
やり過ぎ感はあったが、集落の裏にあるゲレンデなら、林業やって帰った後スキーで楽しめる。若者の担い手も増えるであろうという期待もあるだろう。競技トラックをつくってから会計検査で何と答えたらいいですかと問われたのには参った。
市だったので他事業の予算と組み合わせてつくったのだ。森林組合の大会や山村集落の運動会に使って、実績があることを示すようにと助言した。
しかし、市町村もいろいろアイディアを出しながら、何とか山村を支えていこうとする姿勢があるのには感心したものである。
「林業集落排水事業」とは?
みなさんは、「林業集落排水事業」などという事業名は聞いたことはないに違いない。林業関係者でも知っている人はまずいない。山村集落の下水道である。
下水道というのは、一般名詞であるが、行政の世界では建設省(現国土交通省)の登録商標みたいなもので、他省庁がこれを使うことは許されない。何ともお堅い話だが、公共事業で下水道を建設するのは建設省の仕事であって、他の省庁で下水道を建設できないのは、まあ当然のことだろう。
ところが農林水産省には、農業集落排水事業(農集)と漁業集落排水事業(漁集)というのがあって、実はこれらは農村と漁村における下水道の建設事業なのだ。その根拠となる理由は、農村の家庭から排出される生活雑排水と屎尿が農業用水に流れ込み、汚染するのを防止すること、すなわち農業用水の水質保全なのだ。同じく漁集は沿岸の水質保全なのである。
こうして実質的下水道事業を建設省と農林水産省でやっているから、この事業に関しては両省の仲が悪かった。建設省では下水道事業は一元的に建設省でやるべきだと主張しているが、予算には限りがあるから農村にはなかなか回らない。そこに農林水産省がつけいる隙があったのだ。
建設省は農集の予算を建設省に付け替えろと主張する。こうなると両省はガチンコの大喧嘩だが、農林族議員の反発もあるので、そこまでは至っていない。
ところが現場の市町村へいくと、そんな予算の色分けはどうでもよくて、とにかく下水道網を広げることが優先だ。隣接区域で建設省と農林水産省の事業をやるものだから、汚水の処理施設が並んで存在するのだ。それなら1つの施設にまとめればと誰しも思うわけで、行政監察に指摘され、縄張り争いの事例として新聞紙上でも叩かれる。
そんな状況が林野庁にも飛び火した。ある日、建設省から電話があった。
「林野庁に林業集落排水事業(林集)というのがありますよねえ。これについて私どもの公共下水道事業と覚書を結んで、協力してやりませんか?」
「はあ、どんな覚書でしょう?」
「そちらの実施要領では、林集の採択用件がおおむね5戸以上となっているのですが、上限がありません。農集や漁集と同じ1000戸未満にしてほしいのですが。それと林集の下水管をうちの下水道に繋ぎ込むことも可能にしてくれませんか?」
先述した林総のメニューの1つに林業集落排水事業というのがあって、林道予算でも山村の下水道整備が行えるようになっていたのだ。ほとんど実績があるかどうかもわからない事業で、林道全体でも公共下水道に到底およばないのだから、1000戸以上は起こり得ないのだが、理屈上は青天井である。
下水道事業の一元的支配を省是とする建設省には許しがたいのだろう。また、林集を籠絡して農集に一杯食わせよういう魂胆か。役人とは本当に困った生き物である。
こっちは役所同士の縄張り争いにはまったく関心がない。山村の役に立つなら、公共下水道へのつなぎ込みも望むところである。
