そのため、林野庁基盤整備課(当時)と建設省下水道部との協議はすらすらと進み、林集の規模を1000戸未満とすること、下水道と林集の接続を可能とすること、下水道は林集に技術的協力を行うこと、建設省は林野庁の行う生活環境施設の整備に理解を示すことという内容で、課長同士の覚書を締結することになった。
ところが、いや、やっぱりか。しばらくしてから、農集の親分である構造改善局長が林集の親分である指導部長のところへ怒鳴り込んできた。林集如きが農集の頭越しに勝手なことをするなと言うのだ。
筆者が海外出張している間だったので、事情を知らない指導部長もいきなり怒鳴られたので面食らったようだった。帰国後、ちゃんと経緯を説明すると、「何だ。いいことをしたんじゃないか」とあっさり理解してくれたので、後顧の憂いなく、農集の担当と交渉に臨むことができた。最初は彼らも激高していた。
「下水道と農集の違いについて、ようやく行政監察の理解を得たこの時期に、林集と下水道が協力するというのはいただけない」
「農業には、農業の事情があろうかと思いますが、うちのような予算規模も小さいところでは、他事業との連携が必要です。ですから、農集とも連携して、接続もさせたいし、処理施設についても農集で開発した製品を使わせてもらうなど、技術援助をお願いしたい」
一点張りで繰り返すと、1週間ほどで意外とあっさり折れてくれて、めでたく農集とも覚書を締結できた。
町村の活躍
林業地域総合整備事業で集落排水ができると知った市町村が、ボツボツ名乗りを上げてくれて、筆者の在職中に3町村で実施された。
まず、富山県の井口村(いのくちむら・現南砺市)では、10数戸を公共下水道への繋ぎ込み方式で実施、全村の下水道化が完了したとして、非常に喜んでいた。
また、同じく山田村(現富山市)では、3集落を林業集落排水で実施、公共下水道と農業集落排水と合わせて、これも全村の下水道化が完了した。山田村では、若手の担当職員が技術的工夫をしているのが印象的だった。
山間部では、排水管の勾配が急になるので、途中に溜め枡を設け、勾配を緩くするよう技術基準でさだめられている。排水管の勾配が急だと、水だけ先に流れ、汚物等が管内に取り残されてしまうからだ。
しかし、山田村の担当者によれば、管内に残った汚物も、次のフラッシュで流れてしまうという。したがって、自然の傾斜に沿って、きつい勾配で排水管を敷設しても、差し支えなく、工費が著しく節約できたというのだ。
もう一つは、福島県の古殿町(ふるどのまち)だ。ここも、独特の工夫をしていた。排水管を田んぼの中とか、住宅の庭先に通すのだ。
排水管は、後の修理とかに配慮して、道路とか公共施設の下を通すように定められているが、道路の舗装をはがして、また舗装しなければならず、これに要する費用が馬鹿にならないという。農山村部では、田畑や住宅の所有者が代わることはほとんどなく、後々のメンテナンスでもめることが少ないから、こうしたところに排水管を敷設するのが、有利だと説明してくれた。
いやいや、山田村も古殿町も実に立派だ。地域の実態に合わせて、技術や用地の工夫を行い、経費の節減に努めている。全国一律の基準を金科玉条のごとく振りかざしている中央も、少しは考え直さねばならない。
市町村を国の出先ぐらいにしか思っていない向きもあるが、こうして立派な工夫をできる職員もいる。責任を持たせてやれば、もっと能力を発揮できるに違いない。
ちなみに類似事業を複数の省庁で行うことも悪くはない。1省独占で競争相手がいないと技術が停滞し、コスト高に陥る。民間と同じで行政にも競争原理が働いた方がいい。
林業集落排水を通して、様々な役所の生態を見ることができたのが、一番の収穫だった。もっとも時代の流れは市町村合併で、林業集落排水事業を実施した村も合併されてしまった。
山村集落は今や消滅の危機にある。そのせいか地区物と呼ばれた林業地域総合整備事業も今は行われていないようである。
