港湾は単なる物流施設ではない。エネルギー、食料、軍需物資を含む国家の動脈である。その制御系統に潜在的リスクがあると認識されれば、議論は価格競争から安全保障の領域へと移る。
米国は排除と再構築に動いた。米国通商代表部(USTR)は中国製クレーンへの100%追加関税を課し、約200億ドルを投じてインフラの国産化を推進する方針を示した。しかし米国内には、長年にわたってクレーン製造の基盤が存在しない。
そこで注目されたのが日本である。三井E&Sとその米子会社PACECOが、米国内製造基盤復活の中核を担う存在として位置づけられた。ロングビーチ港向け大型クレーンの受注は、その象徴的な出来事だ。これは単なる商取引ではなく、「信頼」の選択である。
世界は「安さ」ではなく「信頼」でインフラを選び始めている。
日本が立つ「次のステージ」の入口
では、日本は何をすべきか。
第一に、国内港湾の労働集約型モデルを知識集約型へ転換すること。第二に、職人の暗黙知を実装したターミナル運営システム(TOS)というソフトと、セキュリティが担保された国産荷役機械というハードを融合すること。第三に、それを「日本型自動化港湾パッケージ」として同盟国・友好国へ提示すること。
港湾ロジスティクスは守るべきインフラであると同時に、新幹線と同様にハードのみならずソフトもパッケージ化して輸出可能な戦略産業になり得る。
そのためには、補助金の配布だけでは不十分であり、部分的な設備更新でも足りない。標準化戦略、サイバーセキュリティ基準、データ連携基盤、人材育成、国際連携を一体として設計する必要がある。
世界の海運ネットワークが安全保障の観点から再編される今、日本には歴史的な機会が開かれている。
楽観はできない。労働力の減少は止まらず、自動化への移行コストは重く、オークランドのような失敗事例が示すとおり、設計を誤れば投資は損失になる。国内港湾のインフラ老朽化、標準化の遅れ、縦割り組織の壁——問題は山積している。
それでも、日本には他国が持ちえないものがある。現場の熟練者が何十年もかけて積み上げてきたノウハウ、数値では測れない技能の深さ、そして「信頼」という名の地政学的資産だ。三井E&SとPACECOがロングビーチで示したのは、日本のモノづくりと誠実さが、いまなお世界に求められているという事実である。
自動化の波に乗り遅れたように見えて、実は日本は「次のステージ」の入口に立っている。価格で勝負する時代が終わり、信頼で選ばれる時代が始まった。日本が長年守り続けてきた品質・安全・誠実さは、弱点ではなく最大の武器になる。
労働力減少という制約は変えられない。しかし、設計思想は変えられる。港湾を「人が支える産業」から「知が支える産業」へ。価格競争から信頼競争へ。前提が崩れる時代は、再設計できる国が主導権を握る。
高市政権の成長戦略に掲げられた「港湾ロジスティクス」を、スローガンで終わらせてはならない。構想を言葉で終わらせず、実装までやり切ること——その先に、日本の港湾が再び世界の海へと打って出る未来がある。
