酸洗浄か、電解処理か?
今、専務に伝えたいこと
ドラム缶の製造には大まかに言ってプレス、溶接、洗浄の三工程がある。入社22年目の野口さんはすべての工程を経験しているが、入社した当初から、ドラム缶の洗浄方法が会社の課題になっていた。
「溶接部分は焼けといって茶色く変色しますが、この部分はサビ止め効果のある不動態被膜が破壊されています。被膜を再生するため、かつては酸で洗浄していましたが、酸洗浄にはいろいろな問題がありました」
「ステンレス缶の耐用年数は10年以上あって何度もリユースが可能ですが、エコを謳うんだったら製造工程もエコであるべきだと僕は思うので、電解処理に変えるべきだと主張し続けていました」
役員クラスは野口さんと同じ考えだったが、ひとり、件の専務だけが猛反対していた。専務は酸洗の仕組みを確立した人物であり、酸洗のスペシャリストだったのだ。
「酸洗を変える話が煮詰まってしまった時、役員から野口が洗浄チームに異動して変えるしかないと言われました。専務は嫌そうでしたね」
洗浄チームに異動してからも、専務と野口さんは毎晩のように阪急電車の神崎川駅、十三駅界隈の居酒屋を飲み歩きながら激論を戦わせた。
だんじりの曳き手として鳴らした過去を持つ野口さんは、仕事の話となるとブレーキが利かなかった。
「専務から、そんなもんできるわけないやろと言われると、もう悔しくて、ほんならやったろうやないかとなって……。議論が長引いて終電を逃したことが何度もありました」
いまなら、パワハラ上司として訴えられても仕方がないところだ。
「いや、専務はものすごく豪快な人で、僕は大好きだったんです」
? またしても話が違う……。
「人を分け隔てしないし、新しいことをやりたいと言えば、酸洗以外のことなら背中を押してくれるし、どんなに言い合いしても、翌日はニコニコ仕事をしてる。僕は飲みながら何をどうしたらできんねんって、仕事の話をするのが大好きなんですが、専務も大好きで、真正面から受けて立ってくれたんです。もう、そんな人はおれへんようになりました」
8年前、酸洗が原因で不具合が出たことをきっかけに、日本製缶工業は野口さんが主張し続けてきた電解処理への切り替えを断行した。
酸性の薬液は水で洗い流すが、廃液を適正に処理しないと環境を汚染する。作業者は手袋をはめても手荒れがひどく、特に冬場は痛んだ。
そんなことでしょんぼりする専務ではなかったが、その直後、インフルエンザをこじらせてあっけなく世を去ってしまった。野口さんが見舞いに駆けつけた時には、何本もの管に繋がれて意識がなかった。
いま、専務に何か伝えるなら?
「電解化してやったぞと……」
野口さんは声を詰まらせた。
日本製缶工業のステンレスドラムの中では、ひたすらええもんを作るために交わされた専務と野口さんの激論が、眩い光を放っている。
