「今を逃れないと」
熊本工との決勝は初回に松山商が3点を奪って主導権を握り、3-2で迎えた九回裏、先発の新田が2者連続三振で2死無走者までこぎつけたが、代打で登場した1年生にまさかの同点本塁打を浴び、延長戦に突入した。
試合はすっかり熊本工ペース。十回裏には新田が先頭打者に二塁打を打たれ、マウンドには渡部が上がった。新田は渡部が守っていたライトに入った。熊本工は送りバントで走者を三塁に進めると、松山商は続く2者を敬遠して満塁策をとった。
1死満塁。安打はもちろん四死球でも犠牲飛球でもサヨナラ負けとなる大ピンチで、松山商ベンチは再び動いた。ライトの守備に就いたばかりの新田をベンチに下げ、一塁コーチをしていた矢野をライトの守備に送り出した。
この場面、澤田は何を考えていたのか。延長が続くと投手がいなくなるから、新田を残しておきたい。だが、「今を逃れないと先はない」。
すでに次打者が左打席に入り、球審の「プレーボール」の声がかかる直前、ベンチから飛び出し、交代を告げた。ギリギリまで迷いぬいたことをうかがわせるタイミングでの決断だった。
信頼つないだ「普段の練習」
矢野が肩をグルグル回しながら小走りでライトの守備位置につき、プレーが再開された直後だった。熊本工の三番打者が初球をとらえた打球が矢野の後方を襲った。
テレビの実況アナウンサーが「行った!これは間違いなし」と叫んだ打球だった。だが、甲子園特有の強い浜風が打球を押し戻し、矢野は一度下がり、この飛球をキャッチするとホームへダイレクトで送球。浜風に乗って送球はダイレクトで捕手のミットに収まり、間一髪アウトとなり併殺が成立、一瞬にして松山商がサヨナラ負けのピンチを脱した。
矢野はこの場面をこう振り返る。「はじめはホームランだと思ったけど、風に戻されました。タイミング的には難しいと思ったので、イチかバチか、ノーバウンドでキャッチャーに投げました」(同書30頁)。ベンチに戻るまで何度もガッツポーズを繰り返す矢野を松山商のナインが手荒い祝福で出迎えた。
興奮の汗をぬぐう矢野の元に新田が歩み寄った。ねぎらいの言葉かと思ったら「矢野さんの打順ですよ」。十一回の先頭打者だった。
慌てて打席に向かい、興奮状態を引きずったまま「よしっ、来い!」と叫んでいた。いつも自信なげに控えめな矢野とは明らかに違っていた。
普段は手を出すことがない初球のカーブをひっぱたくと打球は左翼左へ。左翼手が後方にそらす間に二塁ベースに駆け込んだ。矢野の一打が起爆剤となり、松山商はこの回一挙に3点を奪い、深紅の大優勝旗を27年ぶりに持ち帰ることになった。
矢野の好返球の背景を澤田はこう説明する。「大事なのは、普段からどれだけ練習に対して思いをもってやるかです。あの場面で矢野を起用したのは、普段の生活や態度を見て、信頼できると思ったから」(同書32頁)
69年大会の優勝投手である井上明は朝日新聞の記者としてこの場面を取材していた。井上は、十回の併殺プレーには伏線があったと指摘する。
九回、熊本工の同点本塁打の際、松山商の三塁手が「三塁ベースを踏んでない」と審判にアピールしていた。アピールは認められなかったが、「熊本工には気になったはず。十回の満塁の場面で三塁走者はタッチアップのスタートをより慎重に切らざるをえなかった」というのだ。松山商から明大で鍛えられた井上だけに鋭い観察眼だ。
