2026年5月20日(水)

日本主導で平和の再構築を

2026年5月20日

文化国家・日本として
世界の中で独自の地位を

 日本が国家として自立し、確かな存在感を示すためには、自らのアイデンディティーを見つめ直すことが欠かせない。そのためには、今一度、自国の歴史や価値観、そして国際社会における役割を再認識することである。その中でも「文化史」を振り返ることは重要である。

 日本人は「日本が持つ力」を十分に言語化できているとはいえない。

 私はそこでは文化的側面への注目が重要だと認識している。日本=サムライというイメージが世界に広まっているが、現実には日本史を戦争の歴史として捉えるのはたいへん偏っている。実際には日本の長い歴史では、和歌を詠んだり、花を愛でたり、仏像を造ったり、そのような非戦闘的な行為が政治においても大きな位置を占めている。戦後日本の「平和国家」としてのアイデンティティーも、このような歴史に接続することでより説得力が増すはずである。

 さらに言えば、日本はかつては中国、明治以降は欧州から伝来したものを受け入れ、日本流にアレンジし、再構築する「混ざり合う文化」の国でもある。現在は米中対立の時代だが、日本はどちらの文化的な血も引いている。戦前、超国家主義者は日本をアジアの盟主にしようと目論んだが、戦後徹底的にアメリカナイズされた私たちはもはやその道は行けないだろう。しかし、かといってアメリカと同じ価値観かといえば、そうも言えない。そういう文化的な中間性は、外交においても積極的に打ち出していいのではないか。

 最後にもうひとつ言えば、日本には、かつて自ら戦争を仕掛けて、多くの犠牲者を出した国として、戦争の悲惨さを世界に訴えていく責務がある。このように言うと重く堅苦しいが、それは観光資源とリンクできる。広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」というメッセージを、かつて私はアメリカの責任を免責する曖昧な文章だと考えていた。しかし今は考えを変えている。アメリカを糾弾することは簡単だが、それではアメリカ人は目を向けない。「悪者は誰か」を追求するだけではなく、「戦争そのものが悪である」ということを記憶・伝承する必要がある。あえて曖昧なメッセージを掲げ、観光客を呼び込むのも、平和継承のひとつの道である。

広島市の平和記念公園にある原爆死没者慰霊碑の碑文(ANADOLU/GETTYIMAGES)

 人間は、追い込まれると何をするか分からない。その愚かさはいつの時代も普遍的である。それを「正義か悪か」という対立軸を超えて伝えるのが大事だ。

 戦争を個々に検証し続ければ、許せないことばかりだ。しかし、それを糾弾し満足していては、平和は実現しない。戦後80年が経過し、記憶が薄れている今こそ、日本は、こうした悲惨な戦争を繰り返してはならないということを訴えねばならない。そのためには単純な正義を超えねばならない。

 文化国家、平和国家、ハイブリッド国家として、今こそ日本発で平和の再構築に貢献していく時だ。(聞き手/構成・仲上龍馬、大城慶吾)

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Wedge 2026年6月号より
国際秩序、瓦解の危機 日本主導で平和の再構築を
国際秩序、瓦解の危機 日本主導で平和の再構築を

ある写真集を手元に置き、時折ページをめくりながら、この原稿を書いている。『ヘルソン―ミサイルの降る夜に』(f/8)─。フォトジャーナリスト・佐々木康氏がロシアの侵攻下にあるウクライナへ二度赴き、撮影した作品だ。 佐々木氏は4月下旬、取材で知り合ったウクライナの兵士に「平和とは何か」を尋ねたところ、こう返されたという。「戦争の間の一時的な休息だ」 さらに、兵士はこう語った。「私たちの本性は、人間が絶えず平和に暮らすことを許さなかった。戦争は繰り返し起こる。私たちの世代は、第二次世界大戦後の長い(あるいは短い)平和な時代を生きることができて幸せだった。今、その時代は終わりを迎えようとしている」 誰しも、この言葉を信じたくはない。だが、この世界から戦争をなくすことがいかに困難であるかも分かっている。そうした〝大いなる矛盾〟の中で、私たちは現下の情勢をどう受け止め、どう考えるべきなのか。そして、日本(日本人)は何ができるのか─。


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