第二に、地域における子育て互恵ネットワークの再生。保育所の量的拡充という国家サービス型アプローチは、近隣における子育て互助という非制度的実践を不要なものとし、公的信頼の生産機会を喪失させる。これに代えて、子育て当事者が互いに助け合うコミュニティ・プラットフォームの形成を、地域住民が実践する制度設計が求められる。
ファミリーサポートセンターや地域子育て支援拠点が、国家や地域の行政サービスの提供拠点としてではなく、市民的互恵ネットワークの形成を促進する触媒装置として再設計されることが必要である。
第三に、将来世代への政治的責任の制度化。少子化の背後にある政治的信頼の形骸化に対処するためには、政治が短期的支持調達ではなく長期的な公共の幸福に責任を負うという信頼の回復が不可欠である。将来世代の利益を代表する仕組みの確立・財政規律の法制化・世代間公平の明示的な政策評価基準の採用は、この政治的信頼回復のための具体的な制度設計として検討に値する。
社会保障の設計思想の転換も不可欠である。老後保障・介護支援・子育て給付は、家族的互恵を代替するものとして設計されるのではなく、家族的互恵の実践を支援し促進するものとして設計されなければならない。「給付から互恵へ」という転換は、社会保障の縮小ではなく、その設計思想の根本的な変革を意味する。
信頼を侵食する悪循環
少子化対策の失敗は、政策手段の選択の問題ではなく、問題の定義そのものの誤りに起因する。少子化は財政問題でも人口問題でもなく、公的信頼の崩壊という信頼問題の人口論的帰結である。
給付の増大は、子を産み育てることが合理的選択となるような信頼の土壌、すなわち市民的互恵・近隣のつながり・政治への信頼を再建しない。それどころか、給付型応答を繰り返すことで、互恵実践の機会をさらに奪い、信頼の基盤をさらに侵食するという悪循環を加速させる。
ジェノヴェージが二百五十年以上前に問い続けた命題は、令和日本においても同じ切実さで響く。国家でも市場でもなく、市民の信頼と互恵の実践こそが社会の真の基盤である。少子化という現象は、この市民的信頼の基盤が三つの次元において同時に崩壊していることの、最も雄弁な証拠として受け止められなければならない。
