世論調査と宗教宗派
レバノンの人々は、この状況をどう見ているのか。実際のところ、ヒズボラの存在にも憤りを感じている人はかなり多い。
レバノンでは政治や社会のあらゆることを考える際、宗教宗派を抜きにはできない。宗教宗派によって生活する環境が変わり、物事を見る視点も大きく変わってくる。
前提として、ここ数年の間、レバノンにおいて、ヒズボラの非武装化は大きな課題の一つだった。レバノン人の中にもヒズボラに武器を持たせるべきではないと考える人も多くいた。非武装化問題は、2024年にイスラエルとヒズボラが衝突して以降、さらに活発に議論されるようになった。
そもそもヒズボラとは、レバノン軍とは別の武装組織だ。国会に議席を持つ政治政党でもあり、同時に軍事力も保持している。ヒズボラの武装が認められてきた背景には、1990年に終結したレバノン内戦と、その後も続いたレバノン南部に対するイスラエルの占領がある。内戦終結後に他の民兵組織が武装解除したのとは異なり、イスラエルの占領に対抗する手段として、レバノン南部に基盤を持つヒズボラだけは武装の維持を認められていた。
しかし、2000年にイスラエル軍が、ヒズボラの攻撃に耐えかね、レバノンから撤退した後も、ヒズボラは武装を維持し続けた。近年では、ヒズボラが武装していること自体が、周辺国との緊張を高めているのではないかと問われるようになっていた。そして2024年のヒズボラとイスラエルの衝突を経て、ヒズボラの非武装化を進め、武力をレバノン軍に一本化すべきだという声がさらに強まるようになったのだ。
今回の戦争の直前、2025年6月と7月に、アメリカのギャラップ社がレバノンで実施した世論調査では、「レバノンにおいて、レバノン軍が唯一の武装組織となるべきか」が問われた。つまりヒズボラを非武装化すべきか、という意味を持つ。これに関して、スンニ派では87%、ドルーズ派では89%、キリスト教徒では92%が賛成した。
一方で、シーア派では賛成は27%にとどまった。この調査にはヒズボラの影響力が強い南部、ベカー高原、ベイルート南郊のシーア派住民は含まれていない。そのため、実際にはシーア派では、ヒズボラの武装維持を支持する声はさらに多いとみられる。
シーア派の人々はイスラエルと国境を接する地域に多く暮らしているため、イスラエルの攻撃の被害に晒されてきた歴史がある。ヒズボラが自分たちを守ってくれているという感覚が強いため、ヒズボラの非武装化に否定的になる。
あるシーア派のレバノン人は、2006年にもイスラエル軍とヒズボラが交戦した時のことをこう思い出す。
「自分たちは攻撃されて逃げてきたのに、キリスト教徒地区ではまるで戦争がないみたいにパーティーをしていた」
このように苦しみは自分たちシーア派だけにのしかかり、他のレバノン人は信用できないという感覚もある。
またシーア派はかつて貧しく、十分な社会的権利もなかったため、「虐げられてきた」という思いがあり、その分、社会福祉活動も担ってきたヒズボラへの信頼は厚い。
通常、国の軍事力を代表するはずのレバノン正規軍はヒズボラほどの戦闘力はないと言われる。
その他の宗教宗派の人たちはそこまでの信頼をヒズボラには抱いていない。同じレバノンでも宗教宗派によって大きな考え方のギャップがあるのだ。
キリスト教徒の視点
なかでも、最も高い割合でヒズボラの非武装化を支持しているキリスト教徒は、この状況をどう見ているのか。
「ヒズボラが攻撃しなければいい。現状では、ヒズボラがイスラエルに攻撃する口実を与えている」
そう語るのは、ベイルートでレストランを経営するマロナイ派キリスト教徒のレイモンドだ。彼はヒズボラに批判的なキリスト教徒の政党を支持する立場にある。しかしだからといってイスラエルを積極的に支持しているわけではないという。
「私たちだって、イスラエルにひれ伏したいわけではない。ただ、現実を見て受け入れるしかない。今のところ、交渉こそが唯一の現実的な平和的解決の方法だ」
イスラエルは圧倒的な軍事力を持っている。カファルシュバの村長同様、攻撃され続けるよりも、イスラエルやアメリカと話し合い、ある程度譲歩した方がよいというのだ。
レイモンドのような人が交渉すべきだと考える一方で、ヒズボラ支持者やシーア派の中には、アメリカやイスラエルとの交渉そのものを無意味だと考える人も少なくない。これまで停戦合意がたびたび破られてきたため、交渉を信頼できないでいるのだ。
それでもレイモンドはまずヒズボラの問題に目を向ける。
「ヒズボラはこれまで批判者を暗殺してきた。ヒズボラを支持しているのは国民の少数派だ。みんな彼らを恐れていて、自由に批判できないだけなんだ」
彼はヒズボラの非武装化は必要だと考えている。そして、話し合いで非武装化を実現できないのであれば、最終的にはレバノン人自身がヒズボラから武器を力ずくで取り上げなければならないとも語る。
「もしレバノン政府がヒズボラから武器を取り上げられないなら、最終的にはアメリカかイスラエルがやるだけのことだ。それはレバノン政府の終焉を意味する。話し合いで解決するのが一番だが、できないなら力づくでもヒズボラを非武装化するべきだ」
以前からレバノンでは、ヒズボラの武装解除を支持する人々とヒズボラ支持者との対立が内戦に発展し、それこそがイスラエル側の狙いではないか懸念する声もある。ヒズボラの非武装化が行うべきものだとしても、適切でない方法を取ればそれこそレバノンにさらなる不幸をもたらしてしまう。
