2026年8月18日(火)

医療神話の終焉―メンタルクリニックの現場から

2026年8月18日

 J-SPEEDによって、地域全体の精神保健医療ニーズ、地域差、喫緊の課題等を見いだすことができる。そこから、個人・世帯レベルの個別の事案の把握へとつなげていく。

 このモデルでは、精神科医や心理職が被災者全員を「治療」するわけではない。むしろ、専門的介入を必要とする人を適切に見いだし、その人たちに限定して地域の精神保健資源につなげていく。それ以外の人については生活再建を支える社会資源へとつなぐ。

 この点は、災害時に生じる心理反応をただちに精神疾患とみなす誤謬を避ける意義がある。被災者は、確かに悲嘆に暮れている。しかし、その苦悩には理由がある。家がない、仕事がない、家族が見つからない、薬がない、介護サービスが途切れた、金がない、行政の書類が理解できない――。それらをすべて「精神症状」とみなし、精神医学的に治療しようとすることは不適切である。

 J-SPEEDによって「地域で何が起きているのか」を可視化し、そのニーズが医療の対象であれば医療へ、そうでなければ非医療的支援へとつなげていくことが求められる。

 医療ニーズに対応して、地域の医療資源の機能状況も確認しなければならない。そこで重要になるのが、厚生労働省が運用する全国統一システムEMISである。EMISは、災害時の医療機関の被害状況や稼働状況を、都道府県を越えて共有する。

 被災地では、医療機関そのものだけでなく、医師も、看護師も、その他の職員もまた被災している。EMISには、各医療機関から、停電、断水、建物被害、通信障害などの状況とともに、診療継続の可否や必要な支援に関する情報が集められる。

 時間とともに状況は変化し、復旧・復興も始まる。したがって、EMISの情報も、発災直後、3日後、1週間後、2週間後というように継続的に更新されていく。

 同時に、EMISだけでは把握しきれない小規模な医療機関や地域資源――内科診療所、精神科クリニック、薬局、訪問看護ステーションなど――については、電話や現地訪問によって直接状況を確認することも行われる。

 さらに近年では、D24H(災害時保健医療福祉活動支援システム)によって、医療機関だけでなく、避難所、保健・福祉、要配慮者、ライフラインなどの情報も集める。こうして、被災地全体を把握し、地図上に可視化し、複数のシステムから得られた情報を集約・分析し、表やグラフとして提示する。

 最終的には、都道府県の保健医療福祉調整本部が、被害状況、保健医療福祉ニーズ、人的・物的資源などを集約し、各支援チームの配置や活動を調整する。

「蟻の目」でのケースマネジメント

 J-SPEEDやEMISが「鳥の目」で地域全体を俯瞰する一方で、災害ケースマネジメントは、「蟻の目」で個別の被災者を追う。被災者一人ひとりの被災状況や生活上の課題を個別相談によって把握し、記録をとり、専門職や関係機関と連携しながら、その解決に向けて継続的に支援し、自立と生活再建につなげていく。

 「こころの問題」は、一律に精神科医療の対象とすべきではない。不眠なら睡眠薬、不安なら抗不安薬、うつ状態なら精神科受診勧奨というような機械的な対応は、厳に慎まなければならない。

 その人が抱えているのは、医療上の問題だけとは限らない。住宅、福祉、雇用、経済、法律、家族、介護など、多様な問題が絡み合っている。多くの場合、必要なのはただちに「こころを治療する」ことではなく、まず生活を立て直し、そのための条件を整えることである。生活の再建それ自体が、巡り巡って「こころのケア」となりうる。


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