2026年8月31日(月)

商いのレッスン

2026年8月31日

人件費は本当に「減らすべき費用」なのか

 企業の損益計算書では、人件費は大きな数字として現れる。利益が減れば、採用を控える、シフトや残業を減らす、一人当たりの担当業務を増やす、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIを導入するといった対応が検討される。人手不足の時代、生産性向上は避けて通れない。

 ただし、人を一人減らしたときに「何が一緒に失われるのか」まで見なければ、経営判断としては不十分だ。製造業なら加工精度や品質管理、小売業なら商品説明や売場での気づき、営業なら顧客との関係や提案力、サービス業なら相手の不安を察して対応する力かもしれない。人件費を10%減らしても、顧客が感じる価値が15%下がれば、経営は良くなっていない。

 鼎泰豐の主力である小籠包、麺、炒飯は、素材価格だけで価値が決まる商品ではない。仕込み、成形、調理、提供、接客という「人の仕事」が重なることで価値が高まる。人の技術やサービスが商品価値を大きく左右するビジネスなのである。

 だから問うべきは、「人件費はいくらなら適正か」だけではない。「その人件費によって、どんな顧客価値を生み出しているか」である。コスト構造は、その会社がどこで価値をつくっているかを映す鏡なのだ。

人を増やしただけでは利益は出ない

 では、人を多く配置し、給与を高くすれば鼎泰豐のようになれるのか。もちろん、そんなに単純ではない。食材費と人件費を合わせたFLコストが高ければ、家賃、水道光熱費、減価償却費、管理費を払った後に利益を残す余地は狭い。「人を大切にする」という理念だけでは会社は続かない。

 鼎泰豐が人への投資を維持できる背景には、それを稼ぐ仕組みがある。前述の「商業周刊」では、高い客席回転数と低い賃料負担が特徴として紹介され、店舗によって条件は異なるものの、台湾では一日15~18回転、百貨店の賃料・歩率が3~5%程度という例も示されている。強い集客力を持つ鼎泰豐は、商業施設に「客を呼ぶ側」でもある。

 重要なのは、人件費だけを切り取らないことだ。人に投資することで技術とサービスを高め、それが顧客の信頼と需要を生む。高い需要を標準化された厨房とホールで処理し、売上密度と客席回転を高め、その売上が再び人への投資を支える。「人を減らす→人件費率を下げる→利益を残す」ではなく、「人に投資する→価値が上がる→顧客が集まる→売上が増える→再び人へ投資する」という循環である。

 鼎泰豐の人件費率だけを真似しても意味はない。真似るべきは数字ではなく、費用と顧客価値の因果関係を設計する姿勢である。削減率ではなく、どの費用が顧客価値を生み、どの費用が価値を生まないのかを見極めなければならない。


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