2026年8月31日(月)

商いのレッスン

2026年8月31日

 これはAI時代の経営にも通じる。AIやITを「何人減らせるか」という発想だけで導入すれば、省人化の道具で終わる。注文入力、情報共有、在庫確認、集計などを仕組みに任せ、生まれた余力を提案、観察、創造、判断、対話へ振り向ければ、人の仕事そのものを高度化できる。

 経営者が問うべきなのは、「AIによって何人減らせるか」だけではない。「AIによって、人にしかできない仕事をどれだけ増やせるか」である。

「売れるか」より「守れるか」

 2026年現在、鼎泰豐は世界15カ国・地域、180店舗を超える規模へ成長している。だが、最初から小籠包店だったわけではない。

 始まりは1958年の食用油店である。70年代、瓶や缶入りの油が普及して量り売りが衰退すると、店の半分で油を売りながら、残り半分で小籠包をつくり始めた。小さく試し、顧客の反応を確かめ、やがて飲食店へと資源を移した。

 変えたのは商品と業態だった。一方、良いものを提供する、手を抜かない、お客様を裏切らないという商いの軸は変えなかった。

 その姿勢は出店にも表れる。鼎泰豐の経営を語る際には、「三不急」として、拡店を急がない、利益を急がない、宣伝を急がないという考え方が紹介される。成長を否定するのではなく、人材、品質、教育、仕組みという再現能力より先に規模を大きくしないという順番の思想である。

 売れるから広げるのではない。守れるから広げる。人が育たないまま店を増やせば教育が追いつかず、品質基準が共有されなければ店舗ごとの差が広がる。売上の拡大が、顧客への約束を薄めてしまっては意味がない。

 人への投資、標準化、ホスピタリティ、出店戦略は別々の施策ではない。人を育て、良い仕事を言語化し、仕組みにする。仕組みに任せる仕事を増やし、人には観察と判断を任せる。そして、その品質を守れる範囲で成長する。すべてが一つの因果関係でつながっている。

人件費を削る前に問うべきこと

 利益が苦しくなったとき、「人件費が高い」と言うのは簡単だ。数字として見えやすく、削減効果も計算しやすい。しかし、一人減らしたときに何が一緒に失われるのかまで考えなければならない。

 商品づくりの精度か、顧客への説明力か、新人を育てる力か、クレームを未然に防ぐ気づきか、お客様を見る余裕か――。逆に、一人増やしたとき、その人によって何を新しく生み出せるのか。ここまで考えて初めて、人件費は経営の数字になる。

 鼎泰豐から学ぶべきなのは、「人件費率56%を目指せ」ということではない。56%は、このビジネスモデルの一時点を切り取った数字にすぎない。重要なのは、削ることで競争力が高まるコストと、削れば競争力まで失うコストを見分けることである。

 安さが競争力の会社なら、人員配置の考え方は鼎泰豐とは違って当然だ。しかし、人の技術、知識、提案、接客、信用が商品価値を左右する会社なら、人を減らすことは商品そのものを削ることにもなりかねない。

 会計上、人件費は費用である。しかし経営上は、次の売上を生む投資にもなり得る。問題は、人件費が高いか安いかではない。その一円を顧客価値へ変える仕組みを持っているかどうかである。

 鼎泰豐が教えてくれるのは、「人を大切にしよう」という精神論ではない。人に投資し、その力を組織の能力へ変え、人にしかできない仕事へ時間を振り向け、そこで生まれた価値によって顧客を呼び、再び人へ投資する。その循環を経営として成立させることなのである。

 人件費を「減らす対象」から「価値を生む資源」へ見直すとき、経営の打ち手も変わってくる。

人件費を削る前に
その人が生んでいる価値を見よ
問うべきは「いくら使ったか」ではない
「何を生み出したか」である
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