2026年8月31日(月)

商いのレッスン

2026年8月31日

「このくらい」を会社の能力に変える

 高い給与を払っただけで、人の能力が自動的に高まるわけでもない。鼎泰豐には、人への投資を品質へ変える仕組みがある。その象徴が標準化だ。

 鼎泰豐の小籠包には、皮5グラム、餡16グラム、ひだ18本という代表的な基準が知られている。しかし、当初から細かな数字が決まっていたわけではない。

 かつては職人が経験と勘でつくり、「皮はどのくらいか」「餡はどのくらいか」と聞かれても答えは「このくらい」。本人にはわかっても、他人には伝えられなかった。

点心を包むという職人の作業にも、ノウハウを詰め込んでいる( StephenBridger/gettyimages)

 1996年の日本進出は、その職人の感覚を言葉と数字へ置き換える大きな契機となった。皮の重さ、餡の量、ひだの数、作業順序、時間、仕上がりを測り、「良い結果を生む条件」を誰もが学べる形にしていった。

 大切なのは「18ひだ」そのものではない。優れた個人の知恵を、組織が共有できる財産へ変えたことに意味がある。

 「あの人にしかできない仕事」は、その人がいる間は強みだ。しかし、その人が休めず、辞めれば品質が落ち、次の人へ教えられないなら、同じ強みが経営リスクになる。個人の能力と組織の能力は同じではない。

 鼎泰豐では、SOP(Standard Operating Procedure=標準作業手順)で「どうやるか」を揃え、SQP(Standard Quality Procedure=標準品質手順)で「どの品質まで仕上げるか」を揃える。さらに、IT、教育、品質検査、現場情報、改善活動などをつなぐDPS(Din Tai Fung Precision System)によって、現場の学びを次の改善へつなげている。

 標準化は、人を同じように動かすためだけのものではない。「良い仕事とは何か」を共有し、改善を続けるための共通言語なのである。

 マニュアルがあるのに、なぜ接客はあたたかいのか

 では、仕事を細かく標準化すれば、接客まで機械的になるのではないか。

 鼎泰豐の考え方は逆だ。予測できる仕事は仕組みで揃え、予測できない顧客の違いを人が見る。

 基本動作で迷わず、情報を個人の記憶だけに頼らなくて済めば、人の頭と心に「余白」が生まれる。暇な時間ではない。相手を観察し、考え、判断するための認知的な余力である。

 その余力を、お客様の表情を見ることに使う。箸を落とした音に気づく。水の残り具合や食べる速度を見る。必要なら声をかけ、静かに食事をしたい人には踏み込みすぎない。ホスピタリティを一部の「気の利く人」の才能にせず、観察し、想像し、確認し、行動する能力として育てている。


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