経済の常識 VS 政策の非常識

2015年3月31日

»著者プロフィール

 ホッブズのいうリヴァイアサンとはお話ではなくて現実だった。騎士たちの際限のない争いより、王の絶対権力の方がマシだと、農民はもちろん、騎士たち自身にも理解されるようになった。騎士たちとしても互に争うことは、自分が殺される危険もまた大きいということだからだ。王は臣民の生命と財産を保護し、その代価として臣民に課税するものとなった。

リヴァイアサンのジレンマ

トマス・ホッブズ著『リヴァイアサン』(1651年)の巻頭頁絵 UNIVERSAL IMAGES GROUP / GETTYIMAGES

 ここで2つの問題が生まれる。第1は、王がこの暗黙の契約を破り、臣民の財産や生命を踏みにじるようになったらどうなるのかという問題である。第2は、王国の中では暴力による死が減少するが、強力になった王同士が殺し合いをしたらどうなるのかという問題である。

 まず、事実として、強力な王が出現した18世紀以降、王国の内外を通じて、暴力による殺人は劇的に減少した。

 第1の問題については、まず、王には臣民との契約を守るインセンティブがあった。王が平和を維持すれば、その領域の中では交易が盛んになり、交易を通じて富が生まれる。分別のない略奪より、そこで生まれた富に課税した方が、王宮の費用や騎士たちを抑えつけ、隣国ににらみを利かす常備軍を維持する費用が、より効率的に賄えると理解したからだ。農民は、殺したり略奪したりする対象から、生かしておいて税を取る対象になったのだ。

 毛沢東時代の中国はほとんど内乱状況にあって貧しかったが、鄧小平以降の中国は豊かになり、汚職で得られる金額も桁外れになり、隣国ににらみを利かす軍備も格段に強化されるようになった。臣民との暗黙の契約を守った方が良いということである。

 第2の問題は解決していない。しかし、国家間の戦争は起きていたが、それでも暴力による死は減少していたという。国家間の戦争は、一度起きれば大量の死を招くが、それでも部族や騎士同士の、被害者の数は少ないが、頻繁に起きる殺し合いよりはマシだったというのだ(ピンカー前掲書)。

 強力な国家間の戦争は、第2次世界大戦以降、起こっていない。私たちは様々な地域の虐殺のニュースを聞くが、だからと言って、現在が悪い時代ではない。そう思うのは、現在のマスコミが世界の隅々までの情報を瞬時に届けるからで、それ以前の虐殺については記録に残っていないからだというのだ。

関連記事

新着記事

»もっと見る