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2015年8月12日

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石井孝明 (いしい・たかあき)

経済・環境ジャーナリスト

慶大経卒。時事通信記者、経済誌フィナンシャル・ジャパン副編集長を経て現在、フリーで執筆活動を続ける。アゴラ研究所の運営するエネルギー情報サイト「GERP」の編集も担う。

「責任逃れ」と「朝礼暮改」

 原子炉は現代の工業技術の粋を集めた設備だ。原子炉、地震、配管、発電設備、防災・防火などの専門が細分化し、審査も各分野ごとに行われる。ところが審査担当官の能力差が著しい。優れた担当者もいれば、「素人で一からこちらが原発の構造を教えなければならなかった。規制庁は寄り合い所帯で、初めて審査を担当する役人もいる」(ある電力会社)という例もある。

注水ポンプ車は竜巻に備えてワイヤーで固縛されている

 そして事業者が規制庁の審査の特徴として挙げるのは「責任逃れ」だ。上司の言うことに過剰に反応し、責任を事業者側に押しつけ「朝令暮改」が繰り返されるという。福島事故の後に規制当局は「規制の虜(とりこ)」、つまり専門性のある事業者に取り込まれたと批判された。それゆえに今は事業者に厳しい態度を示しているのだろうが、その審査には安全性を合理的に追求したとは言い切れないものも多い。判断が審査官の裁量で左右されて行政が権力を振り回しているように見える。

 結果、事業者に規制当局への不信感が広がる。「基準を示してほしい。それに合わせる」。ある電力会社の担当者は不満を訴えた。しかし、これは危険な考えだ。原子力の運営で、規制に合わせることが目的になってしまうと、安全を向上させる意識が薄れてしまう。

 事業者側にも問題がある。規制委・規制庁のおかしな主張に対し、現場の実態を理解してもらう取り組みを尽くしていない。米国では1979年のスリーマイル島の原発事故の後で事業者が業界団体をつくり、技術情報の共有、規制当局との交渉、原発の安全性評価など国民への情報公開を行った。それがきっかけで規制内容は修正されていった。しかし、日本の事業者の動きは鈍い。規制側に主張するという発想が現場にも経営陣にもないのだろう。

 規制庁をマネジメントするのが規制委、つまり5人の規制委員の役割だ。民主党政権の人事で田中委員長が任期5年で選ばれた。炉の安全性審査は更田豊志委員長代理、地震関係は石渡明委員が担当する。彼ら3人は研究者で民間の原子炉を運営、管理したことはない。各委員は事務局の行動を追認、そして規制の混乱を放置している。

 田中委員長は、審査の遅れと混乱について、政治家やメディア、事業者から批判を受けているが、具体的な改善に動かない。彼は「原子炉の安全性のみを考える」「判定は安全について保守的に行う」と繰り返す。

 規制委側も状況のおかしさは認識しているようだ。退任した元幹部に非公開の勉強会で話を聞いた。この人は「素人が多く審査に慣れていない」「法律上の根拠がない規制が行われている」「審査の遅れは深刻だ」と、現状を正確に分析した。「では、なぜあなたは問題を正さなかったのか」と聞くと「自分の担当ではないし、スタッフがいなかった」などの弁解をした。高級官僚によくある責任逃れの体質を持つ幹部が、規制委の運営にかかわっていた。

 日本の規制の混乱は国際的に連携する原子力専門家の世界でも不思議がられている。福島事故前から日本の規制行政は、米国の追随が多く、科学的な分析が足りず、国際的な評価は低かった。今回の長期停止も「動かしながら新基準の工事をすればいいのに」と不思議がられているそうだ。長期停止によって事業者は損害を受けるし、運転員の技量低下や動かしてわかるプラントの不具合の見落としなど安全に関わる問題が発生しかねないためだ。

 日本の規制をめぐる国際的な評価の低さを示す例がある。日本原子力発電の敦賀発電所2号機の下に活断層があるとした規制委の判定に、同社は猛反発し、地質学の世界的権威である英国シェフィールド大学のニールチャップマン教授に審査を依頼した。同教授は「原電の主張が正しい」「日本では専門家と事業者と行政の対話が必要だ」とした上で、世界の地震研究の中心的な学会誌である米国地球物理学連合学会誌「EOS」(14年1月発行)に論文を掲載した。

 ところが規制委はこれを無視した。ある地震学者は「一流の学者におかしいと言われたのに日本というガラパゴスにいる規制委と周辺の学者は自分の姿に気づかないのだろう」と嘆いた。

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