2024年12月9日(月)

ASEANスタートアップ最前線

2015年8月17日

 2015年8月9日。シンガポールは、建国50周年を祝うパレードでにぎわっていた。リー・シェンロン首相は、ASEANの奇跡とまで言われた50年の経済発展の歴史を讃えるとともに、今後50年のさらなる繁栄を高らかに宣言した。現地にいた私は、この宣言は、シンガポールを中心としたASEAN経済の世界経済に対する雄叫びかの如く聞こえた。世界経済が、ASEANに益々注目することは間違いない。

シンガポール・マリーナベイサンズ(iStock)

 スタートアップ業界についても、例外ではない。今、ASEAN発のスタートアップが、アジアマーケットから世界に向けてイノベーションを起こしている。本連載では、シンガポールをベースに活動するベンチャーキャピタリストの筆者が、過酷な戦場とも言えるASEANスタートアップ市場の最前線を、現場からレポートする。

 第一回目の連載となる今回は、プロローグとして、シンガポールとマレーシアの起業家誘致に向けた取り組みを紹介する。また、ASEAN最大市場であるインドネシアの現状も踏まえ、ASEAN全体で起業家の争奪戦が繰り広げられ始めていることをお伝えしたい。

ASEANスタートアップのハブとして
機能するシンガポール

JTC launchpad @ One North

 シンガポールといえば、「マーライオン」や「マリーナベイサンズ」を思い浮かべる人が多いだろうが、シンガポール×スタートアップといえば「JTC Launch Pad @ One North」だ。シンガポールの中心地から車で20分くらい西に離れ、INSEADアジアキャンパスがあるOne North駅すぐ隣に、解体寸前だった工業団地をリノベーションしたインキュベーション施設が密集している。

bash ワーキングスペース

 この雑多な空間に、数多くのベンチャーキャピタルやスタートアップが拠点を置いて活動している。中でも今回紹介したいのが、政府系のベンチャーキャピタルであるInfocomm Investmentsが今年の2月にオープンさせたばかりのBASH(Build Amazing Startups HEre)だ。

 BASHは、ワンフロアを全て貸し切り、起業家が24時間業務に集中できる環境を提供している。ワーキングスペースやMTGスペースだけではなく、卓球台やフースボール、バースペースやナップスペース(仮眠室)まである。この施設内だけで、30-40社のスタートアップが活動している。

 シンガポールの起業家誘致政策で特徴的なのは、複数の官庁が独自に支援制度を持ち、競い合っていることだ。例えば前述のInfocomm Investmentsは、Minister for Communications and Information(通信省)が管轄している。一方で、Ministy of Trade and Industry(貿易産業省)は、SPRINGという機関を持ち、独自に起業家や投資家への支援制度や投資を行っている。日本に例えるならば、経済産業省と文部科学省が独自に大型の政府系ベンチャーキャピタルを設立し、それぞれが起業家の獲得競争をしている、といったイメージだ。

 また、支援・投資対象をシンガポール国民限定にしていないことも特徴的だ。条件はそれぞれのケースで細かく条件は異なるが、ざっくりまとめると、起業家がシンガポールに「何かしらの利益をもたらす」と示すことができれば、たとえ外国籍のスタートアップでも支援の対象となる。結果、世界中から優秀なタレントが、こぞってシンガポールに移住し、起業を目指している。

 これに拍車をかけるのが、シンガポールの税制度である。投資家サイドから見れば、法人税が低いばかりか、キャピタルゲインが非課税のため、金融業の多くがシンガポールにベースを構える。スタートアップからすれば、最初の3年間は納税額に応じた免税制度など優遇措置がある。

 このように、政府主導で作り上げた経済的なメリット、および労働環境が、投資家、および起業家をひきつけ、新しいビジネスが生まれる場所となっている。ASEAN、いや世界のヒト・カネ・モノのハブとして、シンガポールは機能している。


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