「権利の主張だけではなく、まずは義務を果たさなければなりません」。こう語る山田さんが職場やPTA活動で常に周囲を配慮してきた背景には、第一子出産時に直面した職場での苦い経験がある。
マタハラで離職した過去
「つわりで具合が悪そうなあなたの顔を見ると、私も具合が悪くなるのよね」「自営業だった私の母も妊娠中でも仕事を続けていたけれど、真剣に働いていれば、絶対つわりなんか起こらないのよ」。
宝飾品の販売会社で採用の仕事をしていた折、女性の先輩からこんなことを度々言われていた。いわゆるマタニティ・ハラスメント(職場において妊娠や出産者に対して行われる嫌がらせを指す言葉)だ。直属の上司は山田さんの体調を気にしてくれるなど理解もあったのだが、精神的に追い詰められていた山田さんは、ついに相談できないまま出産と同時に退職を決意することになった。
「本人はマタハラをしているという意識はなかったのではないかと思います。先輩は、結婚はしていましたが、当時、子どもはいませんでした。つわりで弱っている私が隣の席にいること自体が、彼女を苛立たせたのだと思います。その先輩は後日妊娠し、『皆さんにご迷惑をおかけしたくないので』といって退職されたと聞きました」
「迷惑をかけたくない」という言葉の裏には山田さんへの当てつけもあったのかもしれない。それでも山田さんが退職後に、人事部から仕事への復帰を促す電話が3度もかかってきた。「帰ってきてくれないか?」。マタハラを受けていた事実は伝えられずに、最初の2回の電話は堅く断った。しかし3度目の電話がかかってきたときに、夫に諭されたのだった。「この就職氷河期に、何度も電話をかけてくるなんてよっぽどのことだよ。僕もサポートするから戻ってあげたら?」。
山田さんのようにマタハラに苦しむ女性は現在も多い。16年3月1日発表の労働政策研究・研修機構の統計によれば「誰からマタハラを受けたか」という質問に対して、直属の男性上司から19%、直属の女性上司からが11%という回答だったが、「同僚、部下」に限れば女性からが9%、男性5%で、女性からの方が多いのが実態だ。