WEDGE REPORT

2016年7月24日

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田村明子 (たむら・あきこ)

ジャーナリスト

盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『挑戦者たち-男子フィギュアスケート平昌五輪を超えて』(新潮社)で2018年ミズノスポーツライター賞受賞。

碁盤の目状の道路を作った「1811年委員会計画」

夕焼けを撮影しようと車道に並ぶ人々(筆者撮影)

 マンハッタンヘンジは、毎年夏至を挟んで2回起きる。今年は5月30日と7月11日だった。

 ストーンヘンジのように夏至の日ぴったりに起きないのは、マンハッタンの碁盤の目の道路の東西南北は、本来の方角と29度ほどずれているためだ。

 マンハッタンのアベニューに立って北を向いたとき、実は正面はかなり北東で、真北は左手斜め前方になる。これはマンハッタン島(本当は半島だが)全体が地図上で見ると斜めになっているため。およそ200年前に「1811年委員会計画」と呼ばれる都市計画で、マンハッタンの形に沿った碁盤目の道路の建設が決定されたのだという。

 当時のマンハッタンは南の端の港に近いほうから、移民の町ができ上がっていった。今でもウォールストリートの周辺などは、開発当時の細い曲がりくねった道路が残っている。

 このままでは無秩序な混沌とした都市になってしまうと懸念した市議会が、14丁目から北端のワシントンハイツまでの区画整理を提案。だが個々の地主たちの反対などに遭い、難航していた。

 結局ニューヨーク州議会が乗り出して、都市計画の委員会を結成させ、ハウストンストリートから北を碁盤目状に区画整理することが決定した。ちなみに唯一マンハッタンを斜めに縦断するブロードウェイは、この計画以前からあったもっとも古い大通りであるという。

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