霊長類最強女子の異名をとる吉田沙保里(33)が、レスリング女子53kg級で、前人未到の五輪4連覇に挑戦する。レスリング女子が正式種目になったアテネ以来、北京、ロンドンで圧倒的強さを誇ってきた。昨年は、五輪を含めた世界大会で16連覇、個人戦も200連勝を達成した。しかし、世界は黙っていない。頂上にあり続ける吉田打倒に燃える世界中の若手が吉田を研究し、包囲網を作っているからだ。加齢に伴う体力の低下、ぜんそくの持病とも向き合いながら、最後になる可能性の高いリオ五輪に闘志を燃やす吉田。メダルが取れないというジンクスがある日本代表の主将もあえて引き受けた。チャレンジ精神を失わない吉田の強さの秘密に迫った。
予備動作なし
忍者のような高速タックル
レスリングは、相手を倒して肩をマットにつけたり、円形のマットの外に出したりして、ポイントを稼ぎ、その多さを競う。ポイントを獲得する最大の技は、低い姿勢から両足をとる「両足タックル」、片足をとる「片足タックル」。吉田の技の約半分はこのタックルだ。
吉田の強さは、このタックルのすごさにある。「高速タックル」と言われるものだ。
何が高速なのか。真っ先に浮かぶのは、タックルの動作を開始してから体を動かし、相手に接触するまでの時間が短いということかもしれない。いわゆる動きの速さだ。しかし、そうではない。
「高速」たるゆえんは、脚の予備動作なく、相手の懐に入り込む無駄のない動きにある。予測できないほど素早いということだ。
関西大学の小田伸午教授は「吉田の高速タックルの特徴は、動作の動き出しが見えにくいことだ。相手のスキを見て懐に入り込んでしまう“忍者”のような動きにある。科学的に言えば、相手に悟らせない認知神経系の速さ」にあると指摘する。
通常の選手はタックルをする前に予備動作として、踏み込み脚を後ろに引いて、前脚を出す。上体を起こしながら、踏み込むので相手に気付かれてしまう。しかし、吉田の高速タックルは、この予備動作がない(ノーモーション・タックル)。
予測できない早業で、踏み込むからこそタックルが決まりやすい。だからこそタックルが成功する率は、通常の選手の6倍の75%近くに達する。当然、ポイントにつながる獲得率は極めて高い。
両脚タックルの後、片脚をとって相手の体勢を崩しにかかり、倒したり、フォール勝ちにつなげたりする。