2022年8月15日(月)

WEDGE REPORT

2016年11月22日

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風樹茂 (かざき・しげる)

作家、国際コンサルタント

作家、国際コンサルタント(kazakishigeru@gmail.com)。1956年、北海道生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。メキシコ留学後、中南米の専門商社を経て、南米アマゾンの奥地でODAプロジェクトの鉄道建設にかかわる。その後は、シンクタンク、研究所勤務などで、首相向けの政策提言、ODA援助、海外投資、NGOプロジェクトに従事。イスラム開発銀行のコンサルタントも経験し、30数カ国を踏査。石油関連事業でカタール、ベネズエラに駐在。

世界一の観光都市パリが背負う宿命

 翌日、パリ市内へ戻るのに、サンドニ駅から高速郊外鉄道(RER)を使った。地下鉄だと、しだいに黒い肌の人間が増えていく、あるいは白い肌の人間が減っていく。その変化はゆるりとしている。RERは、たった5分でパリ市内の北駅に着く。

サンドニ駅

 駅を降りると、愕然とした。別世界だった。言葉を失うようなショックだ。構内は、メタリックに燦々と輝き、美しい商店にはブランド品が並び、白い肌のパリジャンと世界の旅行者が歩いている。みな幸せそう。大学を出て、大企業に勤め、明日の食の心配などない連中だ。難民などになる可能性はゼロ。

パリ北駅

 ふっと思い出したのは、黒沢明監督の「天国と地獄」だ。スラムに住む主人公が裕福な家の子供を誘拐しようとする作品である。子どもの住む邸宅はスラムを睥睨する岡の上に立つ。犯人の家から目と鼻だ。死刑を待つ犯人は牢獄の中で「夏暑く、冬寒い部屋から見上げているうちに憎悪が沸いてきた。その憎悪を愉しみに生きてきた」と述べる。貧富が隣り合わせにあることこそが、格差を感じる源泉になる。

 なぜか、言いようのない妙な気分になって地下鉄にふらりと乗り、どこかでふらりと降り、強い日射しに煽られた夢遊病者のように、いつの間にかヴァンドーム広場に迷い込んだ。ナポレオン像がパリを睥睨している塔は、ディオール、ミキモト、ショーメ、パテック・フィリップ、ヘレンド、シャネル、カルティエ、ヴァンクリーフ&アーペルなど世界20のブランド店に囲まれている。ショーウィンドーでは、宝飾品、時計、食器などが燦然と輝いている。ココ・シャネルの定宿ホテルリッツもある。私の泊まったサンドニのホテルの100倍の値段だ。眼の眩むような格差だ。フランスには『21世紀の資本』の著者トマ・ピケティが生まれる必然性がある。

 パリでもっとも美しいと称される広場で私は茫然と立ち竦み、涙が溢れ出そうになった。そして腹の底からメラメラと激しい憎悪が沸いてきた。職業がらバブル崩壊後の日本で私はホームレスとともに上野公園、代々木公園に宿泊し、山谷、西成のドヤ街に留まったことがある。だがあのとき、これほどの憎悪を感じたことはない。

 すなわち、サンドニの住民の多くは、サッカーの栄光にも、学問の栄光にも、フランスの貴族の血にも程遠く、埋没した地点で生まれ、暮らす。人生の栄光は、歩いてすぐそばにあるが、現実は遥か彼方で手に届かない。誰もがヴィクトル・ユーゴーにもジダンにもなれるわけでもない。ましてやフランス王家の血は遠い。世の中、自分の分を知って生きる人間ばかりではない。

 シャルリエドブを襲ったフランス人のクアシ兄弟も、同時多発テロを主導しサンドニで警察との銃撃戦で殺されたアブデルアミド・アバウドも、この種の憎悪に身を焦がしたに違いない。それをISや他の組織が利用した。宗教は無関係だ。犯行を単に潤色するだけの道具に過ぎない。

  
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