オトナの教養 週末の一冊

2017年2月10日

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

ライター

1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

――前回のインタビュー時に、中学校に入り初めて英語の文法などを習うと、途端に英語が嫌いになってしまう子どもがいると聞きました。では楽しくことばを学んでもらうにはどうしたら良いのでしょうか?

大津:遠回りのように聞こえるかもしれませんが、やはり母語の力をしっかりと定着させることが重要です。いま言いましたように、それが外国語学習の基盤になるのです。その為には、ことばはおもしろいということを子どもたちに実感させるのが大切です。身近なところでは、絵本の読み聞かせも効果のある方法のひとつです。ただし、保護者が子どもの知的能力を伸ばそうといったいやらしい魂胆を持って読み聞かせなどをしないことが大切です(笑)。子どもは敏感ですから、そういうことを感じると楽しくなくなってしまいます。

 また誤解してほしくないのは、私は小学生が英語をはじめとする外国語に触れることがよくないとは言っていません。そういう機会はあったほうがよいと思います。しかし何も英語に限らず、日本には中国語や韓国語を話す人たちが多く住んでいます。地域によっては、他の言語を母語とする人たちがたくさん住んでいるところもある。近所に住む人たちとまずは触れ合ってみるのが自然だと思いますね。

――確かに場所にもよるとは思いますが、今の小学校には様々な国の出身者がいるとも聞きます。

大津:そうなんです。確実に多言語化、多文化化は進んでいますから、それを利用しない手はないと思うんです。ただ、学校の先生方も文科省も日本語以外の言語を母語とする児童・生徒の日本語教育については考え始めていますが、その子どもたちの母語と母文化の保持についてはまだ対策が不十分です。

 私は現在、明海大学複言語・複文化教育センター長も務めています。この「複言語・複文化」という捉え方は「ヨーロッパ言語共通参照枠」(CEFR)の基本概念です。「複言語」と聞くと、「多言語」を連想するかもしれませんが、両者には重要な違いがあります。多言語社会や多言語共同体といった言い方からわかるように、「多言語」は社会や共同体の属性を表します。それに対し、「複言語」は、社会を構成するひとり一人の成員が複数の言語を知っていることを表します。例えば、母語に加え2つ以上の外国語を知っている。そして、さらに大切なのは、それらの言語がその個人の中で関連づけられているということです。言語には個性の違いはありますが、すべて同質です。母語と2つの外国語という3つの言語の視点からことばを立体的に捉えることで、ことばの力を最大限に引き出せるような人間を育てることが可能になります。

 明海大学のセンターでは、さらに踏み込んで、最終的には母語をきちんと使える学生を育てることを目指しています。そうしてはじめて、きちんと外国語を使えるようになる。

 近年、大学は、とかく就職率やTOEICの点数を上げることで評価を高めようとしますが、複言語・複文化教育センターの活動をとおして、ことばの力をフルに活用できる卒業生を育てることが私に課せられた使命だと考えています。

  
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