EU経済圏で翻弄されるポーランド青年
7月11日(承前)。ナコから難所続きの山岳道路をローカルバスに揺られて5時間で人口600人の村落タボに到着。10世紀に創建されたというインド最古のチベット仏教寺院“タボ・チョコスル・ゴンパ”が村の中心である。
ゴンパの宿坊の大部屋にチェックイン。大部屋には先客が1人。青年はポーランドのグダンスク出身のトラックドライバーでヤンと名乗った。グダンスクという地名を聞いてソ連邦崩壊後のグダンスク造船所の労働者が中心となった自主労組「連帯」運動を思い出した。しかしヤンによると自主労組「連帯」(independent labor union Solidarity)の栄光は過去のものであるようだった。
ヤンは貯めたお金でインド、タイを2カ月の予定で旅行中。ポーランドはEUのメンバー国であるが逆にEUの規制に縛られて自由にお金を稼げないという不満があるという。EU規制によりトラックドライバーは1日9時間という走行規制がある。従い9時間走行すると停止して翌日まで走行再開できない。つまり国境を跨ぐ長距離輸送は単独運転では不可能となる。予算に余裕のある大手の運送会社はトラックに2人乗務させて長距離輸送を独占している。
またドライバーの国籍や運送会社の営業拠点によりドライバーの時給は大きく異なるという。例えばオランダ国籍のドライバーがオランダの運送会社で勤務すれば時給15ユーロ程度である。しかしポーランド人ならその6割、すなわち時給9ユーロにしかならないという。
ヤンは規制で縛られ賃金格差があるドライバーを辞めて同一作業同一賃金が保証されている建設業の出稼ぎを考えているとのこと。建設業で金を貯めて次回は日本を一周するのが目標だと笑った。
由緒ある寺院の宿坊は意外にもオープンな雰囲気
大部屋で荷物を整理していると階下が騒がしい。一階の藤棚の下のテーブルで男たちが群がって何かのボードゲームをやっている。どうもギャンブルのようで屡々大歓声があがり盛り上がっている。
隣のカフェテリアからは大音声のインド的ダンスミュージックが鳴り響いて来るしインド最古のチベット僧院の宿坊は世俗的生活が許されているようであった。寛大なチベット仏教に感謝して国産ウイスキーを恭しく聞こし召した。
3000メートルの高地をハイキング
7月12日。タボは海抜3260メートルに位置する。寺院の近くの山の山腹に石を並べてダライ・ラマ14世の誕生日を祝う文字がチベット文字で描かれている。おそらく一つの文字が5メートル四方くらいであろう。
石文字の近くに洞窟寺院もあるので山腹まで登ってみることにした。標高3500メートルくらいなので植物限界を超えているのであろう。草が少し生えているだけのがれ場が続く。3時間くらい周囲を散策して宿坊に戻った。
アキレーシュはヒンズー文字のA
宿坊の大部屋に戻るとインド人青年がチェックインしており荷物を整理していた。
彼は東インドのビハール州出身でアキレーシュと名乗った。ビハール州は東インドに位置しインドでも最貧州の一つと聞いたことがある。
現在彼は世界的ネットワーク機器メーカーであるシスコシステムズのITエンジニアとして同社のボンベイ拠点で働いている。彼のバックグラウンドから彼は現代インドの先進的知識人の一人といえるだろう。
アキレーシュという彼の名前はヒンズー文字のAを表しておりヒンズーの僧侶が名付けた有難い名前らしい。ちなみにインド人の名前には深い意味があり人生の理想、哲学、古代の物語などに由来するという。
インド人の理想的な人生とは
アキレーシュと話していて感じたのはボンベイという大都会に住んでIT産業の先端で働いている一方でインドの伝統的価値観を大事にしていることであった。彼は現在独身であるが結婚は両親に任せてあるという。両親が選ぶ同郷の同じカーストの女性であれば間違いないと信じている。彼の両親だけでなく相手の女性の両親も同意しているのだから理想に近いカップルが成立するという。
これに対して恋愛結婚(love marriage)の場合は理想的な相手なのかどうか保証がない。インドでは現在でも見合い結婚(arranged marriage)が一般的であることにはそうした合理的理由があるという。
おそらく引退するまではボンベイなどの都会に住むであろうが引退したら結婚相手と一緒に故郷に戻って余生を暮らすのが理想の人生と断言した。