名古屋市内の大学で行われた日本繊維製品消費科学会年次大会。大きなホールに立ち見が出るほど集まった学生や繊維業界の関係者などが、村瀬弘行の特別講演に真剣に耳を傾けていた。演題は「ローカルからローカルへ。ラグジュアリーマーケットの付加価値の作り方」。白いTシャツを糸でワニの形に括って染め、糸を切ると斬新なTシャツに生まれ変わる過程が映像で流され、世界を相手にビジネスを展開する戦略が極めて理論的に語られると、会場に「ほーっ!」という声があがる。
村瀬は、400年の伝統をもつ有松絞りを継承してきた「鈴三(すずさん)商店」の5代目であるが、ドイツのデュッセルドルフで、デザイナーとしてオリジナルブランド「suzusan」を立ち上げ、現在世界23カ国、130のセレクトショップで作品を展開している36歳。会場のエントランスホールに展示されている、有松絞りの技法を駆使したストールやワンピース、セーター、カーディガンなどの服飾品から、クッションやランプシェードなどのインテリア製品まで幅広い作品は、素材もカシミア、アルパカ、コットン、ポリエステルなどさまざま。有松絞りといえば木綿と浴衣を自動的に連想してしまう固定観念が弾け飛んでいく。
名鉄名古屋本線の有松駅と東海道の桶狭間交差点に挟まれた旧東海道沿いの地区には絞りの暖簾がはためき、古い町並みが続く。慶長年間(1596~1615)に、三河木綿に絞り染めを施した手拭いから始まり、尾張藩の幕府献上品としてその技法を深め、進化を続けてきた歴史が感じられるが、全盛期には1万人いたという職人の数も現在は200人程度。高齢化も進んでいる。講演の翌日、村瀬はそんな有松の町の一角にあるショールーム兼ショップにいた。明日にはドイツに帰る予定だという。
「毎年ここで『有松絞り祭り』が開かれていて、今年、15年ぶりに参加したんです。僕が子供の頃は年配の人たちがハギレを買っていくという印象だったので、suzusanの世界観を出すのはちょっと不安だったんですが、若い人たちがたくさん来てくれました」
有松絞りは、下絵、絞り(括り)、染色、糸抜きなど各工程をそれぞれの職人が分業して行う。村瀬の生まれた家は、下絵の図案を布に摺り込む摺り師の家だった。