2024年12月23日(月)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2018年11月12日

 10月29日、スリランカのシリセーナ大統領が、突如、与党連合から自分の統一人民自由同盟を引上げ、ウィクラマシンハ首相を解任し、前大統領のラージャパクサを首相に任命した。10月30日、シリセーナ大統領は、議会を一時的に11月16日まで停止することを決め、憲法上の混乱をもたらしている。

(-Panya-/axz66/Jaykayl//iStock)

 今回、シリセーナ大統領が首相に任命したラージャパクサ前大統領と言えば、強権派、親中派として有名である。ラージャパクサ政権時代、スリランカ南部のハンバントタ港の建設が着工され、その資金の大半を中国からの融資で賄った。しかし、高金利の融資を財政の厳しいスリランカが返せるわけはなく、結局、債務は膨らみ、昨年(2017年)7月、スリランカは、中国に、港の管理会社の株を70%、99年間、譲渡することに合意せざるを得なかった。

 スリランカの国営企業と中国の国有企業は、2017年12月、11億2千万ドルの取引文書に署名し、ハンバントタ港は、中国の手に渡った。この港を中国が実質的に取得したことは、自由で開かれたインド太平洋地域の維持・発展を願う自由主義諸国には、戦略的脅威となった。インド洋の要所に、中国が深海港を管理するということは、潜水艦を含む中国海軍が自由に港に停泊できることになる。それどころか、中国が管理権を有するということは、他諸国の寄港等を拒否することも出来るようになる。

 この潜在的脅威に対抗して、米国やインドも動き出しているが、中国は水面下で負けていないようである。

 シリセーナ大統領は、もともと、ラージャパクサ前大統領の権力乱用を是正すると約束し、大統領になったはずだったが、今年7月、中国共産党政府からスリランカ政府のために20億元(約2億9千万ドル)の無償資金が提供され、シリセーナ大統領が個人的に受け取ったとさえ噂されている。それが、今回の政変劇につながったのではないかと憶測できる。

 それにしても、スリランカにおける政治的混乱はひどい。スリランカ大統領は憲法上、首相を任命する権限を持つが、シリセーナ大統領がラージャパクサの強権政治への反省から行った2015年の憲法改正で、大統領は首相を罷免する権限はないことになっている。ジャヤスリア議会議長はしたがって前首相が依然首相であるとしている。

 これに対抗して、大統領は11月16日まで議会を停止した。 2人の首相が並立する状況になっているが、こんなことで行政府が適切に機能を果たせるわけがない。まさに憲法上の危機を大統領が作り出している異常事態である。議会ではウィクラマシンハ首相の党が多数を抑えており、両者がどういう妥協にいたるか、よくわからない。 

 シリセーナ大統領は、ラージャパクサの強権政治、中国傾斜を批判して、選挙に勝ったのであり、中国の影響力からの離脱を図るものと期待されていたが、その期待には応えていない。背に腹は代えられない状況なのかと思うが、IMFを始め、国では日米豪印など、スリランカを支援してくれそうな国はある。 

 スリランカは、諸欠点はあるものの、民主主義的な価値観が根付いたところもある国である。価値観が同じ国と組んで、苦境を乗り越えて行くのがスリランカのとるべき道ではないかと思う。が、今度の政治混乱からどういう答えが出てくるか、まだわからない。 

 日米豪印等が標榜する「自由で開かれたインド・太平洋」にとって、スリランカの持つ重要性は、地政学的見地から当然である。自由で開かれたインド・太平洋に関心を持つ日米豪印に加え、欧州諸国、ASEAN諸国とスリランカ問題を議論する機会を持つことは、有益であろう。そこにIMFが加わっても良い。 

 スリランカは、1951年の対日講和条約の締結に際して、日本に過酷な平和を押し付けることに率先して反対してくれた国であり、日本は恩義がある。
 

  
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