「原住民(族)」という日本語は差別的なのか
それにしても、そもそも、日本語の「原住民(族)」という言葉は差別的なのか。原点、原石、原本などを見ればわかるように、「原」は「もと」や「みなもと」といった意味で、差別的な意味は持たない。国語辞典で「原住民」を調べても、「その土地に、もとから住んでいた民」(広辞苑 第七版)、「(征服者や移住民に対して)もとからその土地に住みついている人々。先住民。」(旺文社国語辞典 第十一版)などと記されており、どこにも差別的な意味は見いだせない。
日本の書物で、「原住民」という言葉を最初に記したのは坪内雄蔵(逍遥)である。1901(明治34)年に出版した『英文學史』(東京専門学校出版部)の第一編「上古期の文学」第一章「英国の原住民及びアングロ、サクソン族」の中で、「英國の原住民と英國の文學史との間には殆ど些の關係も無し」と述べ、そのすぐあとで触れるブリトン族より前に住んでいた民族を「原住民」と呼んだ。さらに坪内は、アングロサクソン族が、「原住民」であるブリトン族を撃退して以降、政治においても文学においても「眞の英國史」が始まったと続ける。本書には、「蠻族」「蕃民」という言葉も出てくるが、明らかに「原住民」と区別して使っていることがわかる。
一方、「先住民」という言葉を探していくと、1907(明治40)年の『地底探検記』(江見水蔭著/博文館)にたどり着く。目次の最初が「先住民の研究」で、「抑も我々大和民族―現在の日本人―その祖先が、此土地に来たらぬ前には、如何なる種族の住民が此所に居たらうか」という課題が掲げられている。明治時代後半の時点で、「原住民」と「先住民」はいずれも「前に住んでいた民族」という意味で使われていた。では、いつから「原住民」に「差別的なニュアンス」が加わったのだろう。
2007年、ある「宣言」が国連総会で採択された。英語で「Declaration on the rights of indigenous peoples」。国際連合広報センターによると、日本では「先住民族の権利に関する宣言」と訳されている。そこからさかのぼること四半世紀、国連の人権小委員会は1982年、この宣言の草案を作成することになる作業グループを設置していた。世界的に「indigenous peoples」の人権問題が注目されるようになった1980年代から、訳語としての「先住民族」が広く使われるようになり、定着していったと言えば言い過ぎだろうか。
かたや「原住民族」は「indigenous peoplesの訳語ではない」という理由で積極的には使われなくなった。そして、同じ「原」という字を使う「原始人」の「未開社会の人間」という負の意味が「原住民」に持ち込まれた結果、「差別的なニュアンス」を背負わされてしまったとは考えられないだろうか。
「すでに滅んでしまった民族」と呼ばないために
「台湾原住民文学選」(草風館)などの翻訳がある天理大学名誉教授の下村作次郎氏によると、台湾研究者の中にも、あえて「先住民族」を使う人もいるそうだ。しかし、下村氏は「彼らが勝ち取った『原住民族』という呼称を尊重したい。どうしても先住民族と言わなければならないなら、“世界の先住民族のうちの、台湾の原住民族”と言います」と話す。そして、「日本語とはいえ、『先住民族』を文字にしたときに、台湾の人がそれを読んでどう感じるか」とも。ある翻訳本のタイトルを付ける際に、「原住民族」という言葉にこだわって取り上げることをためらうメディアがあるのなら、その代わりに「エスニックマイノリティ」という言葉を使って、同書への関心を向けてもらおうと考えたという。
「先住民族」ではなく「エスニックマイノリティ」を選んだのは、台湾で「先住民族」は「すでに滅んでしまった民族」という意味になるからだ。台湾も日本も漢字を使う国である。もちろん、同じ漢字を使っていても意味が違う言葉はたくさんある。しかし、「原住民族」と名乗っている人を「原住民族」と呼ばない理由はない。ましてや、日本語の「原住民族」に差別的な意味はないのだから、わざわざ「すでに滅んでしまった民族」という意味の「先住民族」に言い替える必要などない。
台湾の「原住民(族)」は彼ら自身が獲得した呼称である。もともと日本語の「原住民(族)」に差別的な意味はない。台湾で「先住民(族)」は「すでに滅んでしまった民族」という意味になってしまう。以上の理由から、わたしは台湾の「原住民族」を「原住民族」と呼びたいし、以上の理由を説明しながら、「原住民族」という呼称を使うことを広げていきたいと思っている。もちろん、「先住民族」と呼ぶことを否定しない。「先住民族」と同じように「原住民族」という言葉を自由に使えるようになればいい。読者のみなさんはどのようにお考えだろうか。
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