NECは産業界に対してインテリジェンス機関との緊密な連携も促し、捜査への積極的な協力も求めている。5月20日にフィナンシャルタイムズは米情報当局の幹部がIT大手企業などに対して昨年10月から秘密説明会を数回にわたり開催し、中国事業のリスクについて警告したと報じた。筆者が調査したところ、この会議に日本企業は呼ばれなかったようだ。
NECはESの構想をリードするも、その実行は既存の省庁や情報当局を通じて落とし込みを行っている。
前述のディレクターは「米証券取引委員会は安全保障政策に疎く、情報管理への意識が低い企業の監視を強化し、各国の証券取引所に米国と同様の監視強化を促す。捜査機関との連携を能動的に行おうとしない日本企業は体質改善が必要になるだろう」と警告した。理由は明確だ。今後、米国への投資が難しくなった中国は米国の技術を用いる日本企業との連携を深めることで、結果的に米国の技術にアクセスし、技術革新を継続しようとするだろう。それに、危機感を高めている。
ここで問題なのは、今現在の日本政府には捜査機関との連携を企業に促し、ESに対応する機能が存在しないことだ。
安全保障に影響を与える事態への対処には、従来から国家安全保障会議(NSC)が存在する。しかしNSCは軍事力による安全保障への対応を前提とし、サイバー攻撃による企業買収リスクや、守るべき新興技術企業のリストアップ、事業部レベルでのアライアンスや取締役の受け入れによる技術リスクのモニタリングなど、ESやその対抗策の構想は管轄外である。
ESの応酬が続く中で、日本企業が持続的に成長するためには、その影響を日本政府が見極め、情報を提供する必要がある。その対象は大企業だけでなく中小企業や新興ベンチャー企業にも及ぶ。そのため、日本にも米NECに相当する〝機能〟を早急に備える必要がある。その意味で、9月中旬、政府がNSCに経済安全保障政策を担う新部署の設置の検討を始めたのは妥当と言える。今後、この「経済班」が持つ機能の詳細が議論されるだろうが、下記の4つの役割を盛り込むことがポイントになるだろう。
第一にインテリジェンス強化だ。特定秘密として保護すれば、外国のインテリジェンス機関や米NECとの間で特定の日本企業に仕掛けられている経済攻撃などを共有できる。第二にリスクシナリオ分析が求められる。日本企業のサプライチェーンのうち、ESを受けると大きな影響を与える「チョークポイント」を、物流網などの中で、世界規模で調査しておくべきだ。
第三にモニタリング評価だ。特に優秀な技術者の転職や財務状態の悪化を突いた他国による日本企業への侵食を把握できる監視体制も必要である。
第四は日本がとり得るES発動シナリオの検討だ。他国からESを仕掛けられた場合に、日本が発動できる効果的なピンポイントでの制裁プランをあらかじめ検討しておくべきだろう。当然、巻き込まれる企業は業績に影響が出ることから「経済班」はシナリオを機密で扱い、事前に株価へ影響が生じる事態を回避して代替需要先の選択肢を検討しておくことも必要だ。
こうした機能を早々に政府が備えなければ、米中のESの応酬に巻き込まれ続け、日本企業の競争力は低下、ひいては日本の安全保障環境の悪化を招きかねない。紛争の手段として実際の武力行使だけでなく、ESが用いられている現実に政府と経済界は向き合うべきだ。
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Column レアアースは本当に中国の切り札なのか?
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